- 山門を出れば日本ぞ茶摘唄
- 摘ぬ身も野辺へ出初の若菜かな
- すみやかな年のまはしやむめの花
- 月花に恥ぬ袖なり着衣はじめ
- 松竹に恵みかさねよ千世の春
- 大ぶくや中にみどりの色静か
- 輪飾のしまりごゝろや親子草
- しらべ初や唐人山の松風も
- 包み余る玉ふところや着衣初
- 恩の日や明て三日の筆はじめ
- 灑ぐ筆や産湯ごころの若水に
- どの道へけふは行ふぞ日永時
- つぼみから人の目につく野梅哉
- あの声は網の誘ひか朝霞
- 暁の星もはらりと野梅かな
- 下戸ならで焼もち坂の桃柳
- 跡さきは朧に橋のまだ長し
- 種は何かしらず摘けり磯若菜
- 煙り行山裏いかに雉子の声
- おもほえず春の夜の夢うつゝとも
- むつの花の解ていやます匂ひかな
- 雛の夜にもかざらぬ同士や相舎り
- 三千歳にみちあまる日や桃の酒
- たまたまに留守すれば猶日永哉
- いとゆふに眠るは誰ぞ釣りの舟
- 大空に含む薫りや朧月
- 帰るみちもさらに忘れて桃のけふ
- 染過ぬ教へをあさぎざくら哉
- 東風ふくや包む物なくみな薫り
- 菜の花や金銀の色桜色
- 下枝下枝のこらず散て春空し
- 乗て出て戻りは歩行の汐干哉
- へだてじな遊ぶ心は霞みても
- 雲に乗る芳野の花の晨かな
- 堅い文字の札は立ても草若し
- けつく空の曠ふ見えたり朧月
- 進むこゝろわざと延ばして藤に今
- 野遊や名もしれぬ連と又遊び
- 若鮎や嵯峨迄はまだ五六丁
- 折かけて置くも無念のあざみかな
- もとの通り裏門しめる暮の春
- まづ名乗れ越の関山時鳥
- 苗代やまだ中のよい貰ひ水
- 結ぶ縁や茂る柳の蔭に又
- 苔の花やちょつとやすらふ気も静
- 茂る葉の蔭に蛙も歌よむか
- 紛なき軒端やそれと薫る風
- 馴染よし花たちばなのかほる宵
- 影ゆかし竹にほたるの細みさへ
- 其琴に言伝せうか薫る風
- しら藤やそっと吹ては波立せ
- 藻の花や夕べの舟は出した跡
- 藻の花や炊水すてるかゝり舟
- 風のちからからふでもなし競ひ船
- とくと誠見て別るゝや昼顔に
- 埋火や蛍に更た窓に又
- 蛍火の影もさやけし明星水
- わたる跡はもとの海なり競ひ舟
- 照らす道は蛍の窓の余りかも
- 藻の花やみもすそ川の雨なみだ
- 下駄はきて見るは慮外の田植哉
- 衝立に日のさす如しつじが花
- 道のためにいよいよ汲まん庭清水
- 何もいはで涼しいふりに別れふか
- またも世にうき草の身の手向事
- たち添ふや足立のみねに雲の峰
- いとゞ涼し先づ試の響にも
- 白雨や人のこゝろも洗ひあげ
- 柳桜も葉にそよぐすゞみかな
- 葉柳や纜つなぐこゝろよさ
- あるじぶって瀧指させば天の河
- 月に遊び花に事足る庵かな
- 姨石をちからに更て月すゞし
- 秋たつや何所へかちって宵の雲
- 釜釣れば烹音すゞし松の涛
- 老に恥ずわたる小河の波すゞし
- 月もひとつ我もひとりの宿すゞし
- 影すゞしいざよふ月の生こま山
- 秋たつやきのふ洗た耳の穴
- 先たのし大慈大悲の月の舟
- よしあしに渡り行世や無一物
- 長き旅も爰にこふした力草
- 夕霧や山ひとつかくしふたつ隠し
- 砂に露置く箒目も先づ清し
- 寝覚寝覚念仏うれしき夜長かな
- いざよひや満たがる世をたしなませ
- 秋に悲し只一片の峰の雲
- 伊勢の海の光も添はん草の月
- 猶末をたのみて風炉の名残哉
- 咲くからは薫り合点か秋の花
- 無量寿の宝の山や錦時
- 初雁や越す遠ふ山の雲も澄み
- 身にしむや大悲の庭に吹く風も
- ばせを葉や広ひ遊びはこちらにも
- もみぢまじりの柴焚て袖干ぬ
- たのもしき道のしるべや錦時
- 山姫の錦をさらす夕日かな
- 白雲に香を吐く菊の山路かな
- 廬の窓によむやつくしの雁のふみ
- 一ト卸し羽風の音や渡り鳥
- 山々も舟から奪ふ錦かな
- 手入れした菊恥かしき野菊哉
- 己が葉に結ひ寄られて薄かな
- 旅好の秋にたのもし生の松
- 焚柴にそふであったか初時雨
- 旅出せずに結句遊んで小春哉
- 露涙ひとえにそゝぐ藤ばかま
- 照しわたす天のかけ橋もみぢかな
- 八重垣に寄るや出雲の神遊び
- 薫る道や千種百くさ花野時
- 朝露や霜より白き軒瓦
- 戻りには傘おもき雪見哉
- さゝ啼て飛ぶや御庭の朝日影
- 迷はじなならひしまゝの雪の道
- これもわが手柄にはあらず室の梅
- つみそへて行柴舟やゆきの朝
- 名にめでゝこの産衣せいぼかな
- こゝろ冴るまでは叩きぬ雪の門
- あすしらぬ世を教えての早咲か
- むかしむかし其昔聞け冬籠
- 天が瀬の春を歳暮の若布哉
- 月を笠に着て遊ばゞや旅の空
- 吾笠に淋しさしめや蝉しぐれ
- 染て行む筆柿の葉も茂り時
- 秋風に浮世の塵を払けり
- 染る秋も二葉の末か梅紅葉
- ならひ行ん澄るこゝろの池の水
- 船路行ば須磨に淡路に千鳥哉
- 報恩をおもへばかろし雪の笠
- 今はたゞ参るばかりか報恩講
- 高き屋をまづ拝みけり初日影
- たつも惜し梅の難波の旅衣
- 吹方へ薫りおしまぬ野梅かな
- 湖に果は見えけり花吹雪
- 咲花に今届く手のたゞ嬉し
- 世の花をあつめ祝はむ父の春
- 爰に道のつとめ初や桃のけふ
- かんこさへ聞ぬ日もありひとり旅
- 卯花の雪や伊吹の山おろし
- 通さねばよし爰で聞郭公
- 穴賢ふみの筆草生茂り
- 関の戸を叩ては鳴水鶏も我も
- 涙そゝぐ御足の跡や荒地山
- 葺添る軒のあやめや温泉の匂ひ
- 花見せる心にそよげ夏木立
- 短夜の夢やむすばん京のひも
- すゞしさやもつと此橋長からで
- しるしらぬ人皆恋し親しらず
- 着飾らぬ影こそすゞし鏡池
- 松のみか幾世にかゝる雲の峯
- 姨捨た里にやさしやほとゝぎす
- 秋たつや波も木の葉も柏崎
- 見て居れば踊たふなる踊かな
- 染る筆やいくよかはらぬ松のいろ
- 稲干ておだやかな世や陣の原
- 踏しめて登るも清し霜の花
- 山中や笠に落葉の音ばかり
- 松嶌や小春ひと日の漕たらず
- 指出る朝日目ばゆし金華山
- 迷ふたは怪し奈須野の枯れ尾花
- 雪に今朝まじる塵なし日の光
- 鐘氷る夜や父母のおもはるゝ
- そふかそれよ何とはひでも都鳥
- 頭陀の限り見せむ涼しい師の前に
- 月はさらに先づ武蔵野の初日の出
- 五十三次見て登る幟かな
- 涼しさのくらべ物なし富士おろし
- さればこそ浮草もなし大井川
- 聞ことのおくれはとらじ郭公
- 闇は照す物のあわれや鵜のかゞり
- これからぞ汲ん岩手の山清水
- 秋たつや何所へか散て宵の雲
- 帰る晴も月に教への薦一枚
- どちらむかん船から八ッの秋気色
- 生れかへた心に明つ花の春
- 両の手に乗せて給仕や薺粥
- 解て行物みな青しはるの雪
- 雪は皆薫りとかして野梅かな
- 一昨日はたゞ帰つたに初ざくら
- 歌と聞ばきゝ捨られぬ蛙かな
- 引糸のあればこそあれいかのぼり
- 鳴や雉子夜明のねぐら離れしか
- 横雲に雲は別れてさくら哉
- 柴買ふた中にこれ程つゝじかな
- 山吹や瀬に流れてももとの色
- 峰の巣や見ぬ人にまで憎がられ
- 亦借りて借着もどすやころも替
- 卯花や蔭は氷らぬ水の音
- 初のも空耳でなしほとゝぎす
- 葉桜やそれに嵐の名もたゝず
- 濁したは誰がわるさぞ燕子花
- 月と我とばかり残りぬ橋涼み
- 旅人の物にして置清水かな
- ちる時に雲と見えけり雲の峯
- 朝がほや宵は莟にたのしませ
- ゆひ目解ばみな咲て居り萩の花
- とは見えぬ花であつたにふくべ哉
- 鴫たつや跡には細き水の音
- 切れ縄をむすび継では鳴子哉
- をのが葉に結ひ寄られて薄かな
- 跡に念のないが花なる華火かな
- 名の空や月は見えてもかくれても
- こゝろ至らぬ里はなし月今宵
- 寝ざめ寝覚め果は寝過す夜長哉
- 声かれて床へもどるや明の鹿
- 見直しに来れば来るほど紅葉かな
- 今日降は惜し明日なら初時雨
- 掃出したかとおもひけりみそさゞゐ
- 打明て丸ふ日のさす氷かな
- 野にすたる影となつたか冬の月
- 目の届く果は海なり雪の朝
- 門へ来て下駄鳴らしけり夜の雪
- 汐先の星きらきらと千鳥かな
- とくとくの雫つゞいて氷柱かな
- 中にへだつ川一すじや雪の朝
- むかふかたに金神はなし花の雲
- 砂に這ふてもひる顔の花咲ぬ
- けふは今日に咲て芽出たし花槿
- たゞ頼む宝の山や六つの華
田上菊舎 プロフィール
田上 菊舎(たがみ きくしゃ、女性、1753年11月8日(宝暦3年10月14日) - 1826年9月24日(文政9年8月23日))