タレースの万物は水澄みにけり
多様な作品を残した作者の代表句とは言えないかもしれませんが、個性がよく表れた作品。「トルコ紀行十九句」という前書きがついている連作の一句です。物理学者、政治家でもあった作者の第十句集「黙示」に収められています。
タレースはトルコに生まれた哲学者。紀元前6世紀に活躍しました。ソクラテスの現れる以前、世界の起源について最初に哲学的な考察を行った人として知られています。彼は万物の根源を水と考え、存在する全てのものが水から生成し、水に還ってゆくと考えました。そのことを知れば「万物は水澄みにけり」という措辞が一層輝いて見えます。
プラトンは、タレースが夜空を見上げて天文の観察に夢中になるあまり、溝に落ちてしまったという逸話を伝えています。「学者というものは遠い星のことはわかっても自分の足元のことはわからない」と人々に笑われたのだとか。しかしこのエピソードは、俗世間のことには関心を示さず 真理を求める人こそ真の学者なのだ、とも解釈できます。いくつもの顔を持っていた作者ですが、心は遥かな星の世界にあったのではないでしょうか。
作者に俳句番組の選者をつとめていただいた時のこと。すでにかなりのご高齢でしたが、世界中を飛び回っていらっしゃいました。「今朝、ヨーロッパから着いた」と平気な顔でスタジオに現れることもしばしば。そんな生活が嫌ではなかった。いえ、多分自ら買って出ていたのでしょう。外遊中連絡がつかなかったスタッフは途方に暮れていましたが、独特の柔らかいイントネーションで「ありがとね」と言われると、それまでの思いが消し飛び、何でもやってあげたいという気持ちにさせられる。そんな魅力をもった方でした。
公式サイト:http://miruhaiku.com/top.html
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