- あぢさゐの毬より侏儒よ駆けて出よ
- あぢさゐの花より懈(たゆ)くみごもりぬ
- うるはしき入水図あり月照忌
- しんしんと肺碧きまで海の旅
- にぎりしめにぎりしめし掌に何もなき
- ふるぼけしセロ一丁の僕の冬
- をさなけく母となりゆく瞳のくもり
- 向日葵の黄に堪へがたくつるむ
- 夜々白く厠の月のありにけり
- 夜もすがら噴水唄ふ芝生かな
- 太陽に襁褓かかげて我が家とす
- 我も亦ラッシュアワーのうたかたか
- 日輪をこぼるる蜂の芥子にあり
- 月光のおもたからずや長き髪
- 浜木綿に流人の墓の小ささよ
- 満天の星に旅ゆくマストあり
- 炎天につかへてメロン作りかな
- 蟻よバラを登りつめても陽が遠い
- 赤ん坊の蹠(あうら)まつかに泣きじやくる
- 颱風や守宮は常の壁を守り
- コスモスの日南の縁に織りにけり
- 慈善鍋キネマはてたる大通り
- 秋の蚊のぬりつく筆のほさきかな
- ままごとの子等が忘れしぬかご哉
- 帰り咲く幹に張板もたせけり
- 凍て蜜柑少し焙りてむきにけり
- 懐ろ手して火の種持ちにけり
- 山茶花の花屑少し掃きにけり
- 凩くるわの空に唸り居り
- 宮裏の一樹はおそき紅葉哉
- 園長の来て凍鶴に佇ちにけり
- 茎桶に立てかけてある箒哉
- 秋の蝶とぢてはひらく翅しづか
- 灯台の日蔭の麦を踏みにけり
- 籾莚踏み処なくほされけり
- 麦門冬の実の紺青や打ち伏せる
- 麦門冬の実の流れ来し筧かな
- 横むいて種痘のメスを堪えにけり
- 草餅や弁財天の池ほとり
- 追儺豆闇をたばしり失せにけり
- 古利根や洲毎洲毎の花菜畑
- 潰えたる朱ケの廂や乙鳥
- 火の山はうす霞せり花大根
- 方丈の縁に干しあり蕗の薹
- 仙人掌の垣根のうちの花大根
- 椽先にパナマ編みゐる良夜かな
- 温室をかこむキヤベツの畠かな
- 古庭やほかと日のある木賊の莚
- 城内に機音たかき遅日かな
- 麦門冬の実のいできたる筧かな
- 知紀のいほりの庭の土筆かな
- 陽炎や砂に坐りて蛇籠あむ
- 檻の中流るる水の落花哉
- 聖堂や棕梠の花散る石の道
- 春愁のうなじを垂れて夜の祈り
- 行く春や法衣の裾のうす汚れ
- 地虫穴ありて箒を止めにけり
- 日当れる障子のうちや二日灸
- 蛍の灯るを待ちて畦歩く
- 蛍のやがて葉裏に廻りたる
- 春月を仰げる人の懐手
- 春月や道のほとりの葱坊主
- 蛍火のついと離れし葉末哉
- 麦笛を鳴らし来る児に道問はん
- 麦笛を馬柵に凭れて吹きにけり
- 蕗の葉を傾けてゐる蜥蜴哉
- 麦の穂を挿しある銀の花瓶かな
- 花棕梠や園丁つとに夏帽子
- 蜘蛛の陣露をくさりて大たるみ
- 熔岩山に梟鳴ける良夜哉
- 傘焼く火岸の人垣照しけり
- 城山や篠ふみ分けて苺採り
- 神の川流れ来りし捨蠶かな
- たまたまの昼寝も襷かけしまま
- 日を並めて傘やく台場築きけり
- 傘焼や音頭取りの赤ふどし
- 傘火消ゆ闇にもどりし櫻島
- 破れ傘さし開きてはくべにけり
- 霰すと父に障子をあけ申す
- 燕の巣覗きて菖蒲ふきにけり
- 萍のほどなく泛子をとざしけり
- 傘焼に篠の雨とはなりにけり
- 浜木綿に籐椅子出してありにけり
- うつしみの裸に焚ける門火哉
- わらんべの裸にかかむ門火哉
- 芦の間に門火焚く屋のありにけり
- 新涼や再び青き七変化
- 組かけし稲架の蔭なる昼げ哉
- 一鉢の懸崖菊に風がこひ
- 花葛や巌に置かれし願狐
- 颱風や坊主となりし青芭蕉
- 蟻の列御輿もありて続きけり
- 薩摩路や茶店といはず懸煙草
- 熔岩を伝ふ筧や葛の花
- 道をしへ塚の上より翔ちにけり
- 滝川を渉りて灯す祠哉
- いろいろの案山子に道のたのしさよ
- 合住みの友をたよりや風邪籠り
- 探梅の馬車ゆるることゆるること
- 地下室は踊のにはや犬橇の宿
- ほほづきの青き提灯たれにけり
- 蝶々の眩しき花にとまりけり
- 子蟷螂しきりと斧をなめにけり
- 鮎の宿氷の旗をかかげたる
- 田草取日除の笹を背負ひをり
- 滝の道しだいにほそし道をしへ
- 砂つぶて飛ばしそめけり蟻地獄
- 大いなる柱のもとの蟻地獄
- 鬼灯を鳴らしつつ墨すりにけり
- はしたなき昼寝の様をみられけり
- 大いなる誘蛾灯あり試験場
- 端居して闇に向へる一人かな
- 誘蛾灯築地のすそに灯りたる
- 枇杷売の櫻島の乙女の跣足かな
- 烏瓜藪穂おどりて引かれけり
- 鰯雲月の面てにかかりそむ
- かなかなの遠く鳴き居る月夜哉
- 十字架もぬぎて行水つかひけり
- 誘蛾灯門内深く灯りけり
- 葭の柄のうすうす青き団扇かな
- 稲刈に花火とんとんあがりけり
- 一時雨一時雨虹はなやかに
- 夕山や木の根岩根の願狐
- かかへゆく凧にこたへて桜島颪
- 水仙やみたらしの水流れくる
- しぐるるや畝傍は虹をかかげつつ
- 時雨るると椎の葉越に仰ぎけり
- 燕や朱ケの楼門くだつまま
- 夕刊を売る童とありぬ慈善鍋
- 藁塚にあづけ煙草や畑打
- 万葉の薩摩の瀬戸や鮑採り
- 落葉掃く音たえければ暮れにけり
- 大兵におはしますなる寝釈迦哉
- 豊かなる乳見え給ふ寝釈迦哉
- 麗はしの朱ケのしとねの寝釈迦哉
- 涅槃像双樹の花のこぼれたれ
- くまもなき望の光の寝釈迦哉
- 探梅行裏御門より許さるる
- 正月も常のはだしや琉球女
- 春泥やうちかけ着たる琉球女
- 蝌蚪一人影先立てて泳ぎくる
- 春潮や生簀曳きゆくポツポ船
- 風鈴や灯りそめたる櫻島
- 熔岩の空を流るる蜻蛉かな
- 秋晴の熔岩につきたる渡舟かな
- 明月や海に横たふ熔岩の島
- 小春日や雲の影這ふ櫻島
- 熔岩に立ちたる虹の青さかな
- 鶯を檳榔林に聞きにけり
- 鶯を檳榔林に聞かんとは
- 屋根の上にペンペン草やら薊やら
- 部屋毎にある蛇皮線や蚊火の宿
- 蛇皮線と籠の枕とあるばかり
- 炎天や女も驢馬に男騎り
- うちかけを着たる遊女や蛍狩
- 島の春龍舌蘭の花高し
- 花椰子に蜑が伏屋の網代垣
- 廻礼も跣足のままや琉球女
- 鶏合せ古墳の庭に始まれり
- 港より見えて廓の土用干
- 芭蕉林ゆけば機音ありにけり
- 玉巻ける芭蕉を活けてありにけり
- 短夜の守宮しば鳴く天井かな
- 破れなき芭蕉若葉の静けさよ
- 榕蔭の昼寝翁は毒蛇捕り
- ハブ捕にお茶たまはるやお城番
- ハブ捕の嗅ぎ移りゆく岩根かな
- ハブ踊る罠ひつ提げて去りにけり
- ハブ穴にまぎれもあらぬ匂かな
- 両側に甘蔗の市たつ阜頭哉
- ハブ壺をさげて従ふ童かな
- 飲食のもの音もなき安居寺
- 十方にひびく筧や安居寺
- 一本の沙羅の香りや安居寺
- 一痕の月も夕焼けゐたりけり
- 雨蛙をらぬ石楠花なかりけり
- 門川のあふれてさみし魂祭
- 荷のしぎし精霊舟となりにけり
- 大風のあしたを出でて耕せり
- 月の江や波もたてずに独木舟
- 吹きあほつ日覆のうちの櫻島
- 犬とゐて春を惜める水夫かな
- おぼえある絵巻の顔や月照忌
- 椰子の月虹の暈きてありにけり
- からからに枯れし芭蕉と日向ぼこ
- 枯芭蕉巻葉ひそめてをりにけり
- 破れ芭蕉抜けし鶏の如くなり
- 霜囲ひされし芭蕉と日向ぼこ
- 掃くほどのちりもなかりし御墓かな
- 西郷どんと眠りゐる墓掃きにけり
- 島人や重箱さげて墓参り
- 掃苔やこごみめぐりに祖の墓
- 屋根解くや誰が誰やら煤まみれ
- 美しき人の来てゐる展墓かな
- 千鳥釣る童等がいこへる礁かな
- 土の上に地図ひろげあるキヤンプかな
- 岩の上にロープ干しあるキヤンプかな
- 冬木影道に敷きゐるばかりなり
- 坐らんとすれば露けきほとりかな
- 門入りて径の露けくなりにけり
- 寄生木の影もはつきり冬木影
- 極月や榕樹のもとの古着市
- 手袋の手をかざしたる芦火かな
- 火の島の裏にまはれば蜜柑山
- 炭馬の下り来径あり蜜柑山
- 露しづく柱をつたふキヤンプかな
- はひ松に郭公鳴けるキヤンプかな
- 山垣とキヤンプの影と映るのみ
- 刈跡のみなやにたらし蘇鉄山
- 興津城の庭の蘇鉄の刈られけり
- 南殿のしとみあげあり花樗
- うすうすと峰づくりけり夜の雲
- 雲の峰夜は夜で湧いてをりにけり
- くり舟を軒端に吊りて島の冬
- 蛇皮線をかかへあるける涼みかな
- 日傘おちよぼざしして墓参り
- かたびらのうるし光や琉球女
- 豚の仔の遊んでゐるや芭蕉林
- 麻衣がわりがわりと琉球女
- 踊衆にきまつてゐるや甘蔗盗人
- 良い月にうかれて甘蔗ぬすみけり
- 舟にゐて家のこほしき雨月かな
- 天津日に舞ひよどみゐる鷹の群
- 鷹降りて端山鳥は啼きまどふ
- 夕されば小松に落つる鷹あはれ
- 荒波に這へる島なり鷹渡る
- 和田津海の鳴る日は鷹の渡りけり
- 知らぬ童にお辞儀されけり野路の秋
- つばぎ舟多くなりたる踊かな
- 織初めの女にまじる漢かな
- 海の風ここにあつまる幟かな
- たどたどと蝶のとびゐる珊瑚礁かな
- 蝶々とゆきかひこげるカヌーかな
- 春暁や声の大きな水汲女
- 村の童の大きな腹や麦の秋
- 鱶のひれ干す家々や島の秋
- 汐しぶき宮居を越ゆる野分かな
- 大いなる日傘のもとに小商ひ
- 傘日覆莚日覆の出店かな
- 青簾つりし電車や那覇の町
- この辻も大漁踊にうばはれぬ
- 豚小屋に潮のとびくる野分かな
- 石垣にともす行灯や浦祭
- をとこらの白粉にほふ踊かな
- 踊衆に今宵のきびの花づくよ
- この辻も大漁踊さかりなる
- 廻りゐる籾すり馬に日静か
- ストーブや国みなちがふ受験生
- ガチャガチャの鳴く夜を以てクリスマス
- 手づくりの蝋燭たてやクリスマス
- 聖誕祭かたゐは門にうづくまる
- 一堂にこもらふ息やクリスマス
- マドロスに聖誕祭のちまたかな
- 笹鳴やけふ故里にある思ひ
- 受験生かなしき莨おぼえけり
- 行人を恋ふることあり受験生
- 大空の春さりにけり椰子の花
- 浜木綿に日がなこぼれて椰子の花
- 椰子の花こぼるる上に伏し祈る
- 琉球のいらかは赤し椰子の花
- バナナ採る梯子かついで園案内
- 炎帝につかへてメロン作りかな
- よぢのぼる木肌つめたしマンゴ採り
- マンゴ採り森こだまして唄ひをり
- 青東風にゆらりゆられてマンゴ採り
- サボテンの人を捕らんとはたがれる
- サボテンの指さきざき花垂れぬ
- 浜木綿に佇ちて入り日を拝みけり
- 雛祭すみしばかりにみまかりぬ
- 竜舌蘭のすくすく聳てば島の夏
- 竜舌蘭の花刈るなかれ御墓守
- 笛吹けるおとがひほそき雛かな
- 蛇皮線に夜やり日やりのはだかかな
- 竜舌蘭の花のそびゆる城址かな
- 竜舌蘭の花に旱のつづきけり
- 大隅に湧く夏雲ぞ目に恋し
- 向日葵に吐き出されたる坑夫かな
- 向日葵に暗き人波とほりゆく
- 大和田やただよひ湧ける雲の峯
- カヌー皆雲の峯より帰りくる
- 夕凪や海にうつりしひでり星
- 夕凪をかこち合ひつつ浜涼み
- 浜涼み若人達は夜をあかす
- 遊女等もたむろしてをり月の浜
- 遅月ののぼれば機を下りにけり
- 蝉の音も人なつかしき下山かな
- 鶏頭は燃ゆれど空は高けれど
- 玉芙蓉折れてしまひし嵐かな
- この秋の芭蕉の月の淋しさよ
- 青空に飽きて向日葵垂れにけり
- 向日葵の垂れしうなじは祈るかに
- 向日葵に海女のゆききの夕さりぬ
- 泳ぎ手に電車のうなり夕澄みぬ
- くり舟の上の逢瀬は月のまへ
- 木洩日の径をしくればパナマ編み
- 簪のぬけなんとしてマナパ編み
- 鎧戸をすこしかかげてパナマあみ
- 丁髷を落さぬ老やパナマ編み
- 干ふんどしへんぽんとして午睡かな
- 飛魚や右手にすぎゆく珊瑚島
- 飛魚の翔けり翔けるや潮たのし
- 飛魚の我船波のあるばかり
- 飛魚をながめあかざる涼みかな
- 飛魚のついついとべる行手かな
- 飛魚や船に追はれて遠翔けり
- 煙よけの眼鏡ゆゆしや鰹焚き
- 鰹島魚紋なす波に下りもする
- 地下室の窓のみ灯る颱風かな
- 颱風をよろこぶ子等と籠りゐる
- 秋燕を掌に拾ひ来ぬ蜑が子は
- 颱風に倒れし芭蕉海にやる
- 颱風や守居のまなこ澄める夜を
- 颱風や守居は常に壁を守り
- 山羊が鳴く颱風の跡に佇ちにけり
- 帰省子に年々ちさき母のあり
- つれだてる老母の小さき帰省かな
- 月青しかたき眠りのあぶれもの
- 月青し寝顔あちむきこちむきに
- なにはづの夜空はあかき外寝かな
- 颱風のあしたの地のすがしさよ
- 口に入る颱風の雨は塩はゆし
- ハタハタは野を眩しみかとびにけり
- 唇の色も日焼けて了ひけり
- 妹が居やことにまつかき仏桑花
- 独り居の灯に下りてくる守居かな
- 蛾をねらふ肢はこびゆく守居かな
- 機窓に鏡のせある小春かな
- 新糖のたかきにほひや馬車だまり
- 松蝉が鳴いてゐるなり午前五時
- 埼々の法螺吹きならす良夜かな
- 近づけばみな着ふくれてローラ曳き
- ひもすがら冬の海みてローラ曳き
- ローラーの曳きすててあり芝枯るる
- 海鳴のさみしき夜学はげみけり
- 幕あひの人ながれくる花氷
- 花氷芸題のビラを含みゐる
- 天翔るハタハタの音を掌にとらな
- 秋天に投げてハタハタ放ちけり
- ハタハタの溺れてプール夏逝きぬ
- 颱風をよろこぶ血あり我がうちに
- 好晴の空をゆすりて冬木かな
- 筆たのし暖炉ほてりを背にうけ
- 室咲や暖炉に遠き卓の上
- 椅子の脚暖炉ほてりにそり返る
- うたたねや毛糸の玉は足もとに
- 冬木影しづけき方へ車道わたる
- 冬木影戛々ふんで学徒来る
- 冬木影解剖の部屋にさしてゐる
- 冬木影解剖の部屋のカーテンに
- 冬木空時計のかほの白堊あり
- おでん喰ふそのかんざせの鋭きゆるき
- おでん食ふよ轟くガード頭の上に
- おでん食ふよヘッドライトを横浴びに
- 冬木空大きくきざむ時計あり
- 大空に風を裂きゐる冬木あり
- 冬木空するどく聳てる時計あり
- 冬木あり自動車ひねもす馳せちがふ
- 氷上へひびくばかりのピアノ弾く
- 雪晴のひかりあまねし製図室
- 青麦の穂のするどさよ日は白く
- 麦秋の丘は炎帝たたらふむ
- トマトの紅昏れて海暮れず
- トマト売る裸ともしは鈴懸に
- 太陽を孕みしトマトかくも熟れ
- 灼け土にしづくたりつつトマト食ふ
- 月青く新聞紙をしとねのあぶれもの
- 南風の岩にカンバス据ゑて描く
- 海描くや髪に南風ふきまろび
- 向日葵の照るにもおぢてみごもりぬ
- 枕辺に苺咲かせてみごもりぬ
- 夕立のみ馳せて向日葵停れる
- 向日葵は実となり実となり陽は老いぬ
- 向日葵の照り澄むもとに山羊生るる
- 向日葵と蝉のしらべに山羊生れぬ
- 向日葵の向きかはりゆく青嶺かな
- 向日葵の日を奪はんと雲走る
- 草苺あかきをみればはは恋ひし
- 一碧の水平線へ籐寝椅子
- 浪のりの白き疲れによこたはる
- 浪のりの深き疲れに睡も白く
- 海焼の手足と我とひるねざめ
- 船窓に水平線のあらきシーソー
- しんしんと肺碧きまで海のたび
- 幾日はも青うなばらの円心に
- 甲板と水平線のあらきシーソー
- 月のかげ塑像の線をながれゐる
- そそぎゐる月の光の音ありや
- 窓に入る月の塑像壺をかつぎ
- 背の線かひなの線の青月夜
- 闇涼し蒼き舞台のまはる時
- 稲妻のあをき翼ぞ玻璃打てり
- 稲妻の巨き翼ぞ嶺を打てる
- 鉄骨に夜々の星座の形正し
- 鉄骨に忘れたやうな月の虧
- 紺青の空と触れゐて日向ぼこ
- 手に足に青空染むと日向ぼこ
- 一碧の空に横たふ日南ぼこ
- 莨持つ指の冬陽をたのしめり
- 園のもの黄ばむと莨輪に吹ける
- 新刊と秋の空ありたばこ吹く
- 秋の陽に心底酔へりパイプ手に
- 雪の夜はピアノ鳴りいづおのづから
- 雪あかり昏れゆくピアノ弾き澄める
- 氷雨する空へネオンの咲きのぼる
- 除夜たぬし警笛とほく更くるとき
- 廻転椅子くるりくるりと除夜ふくる
- 年あけぬネオンサインのなきがらに
- いぶせき陽落つとネオンはなかぞらに
- 凍て空にネオンの塔は画きやまず
- 凍て空にネオンの蛇のつるつると
- 凩の空にネオンのはびこれる
- 凍て空のネオンまはれば人波も
- はてしなき闇がネオンにみぞるるよ
- 昼深きネオンの骸にしぐれゐる
- 警笛に頭光に氷雨降りまどふ
- 冬木さへネオンの色に立ち並び
- 蒼穹にまなこつかれて鋲打てる
- 一塊の光線となりて働けり
- 鋲を打つ音日輪をくもらしぬ
- 鳴りひびく鉄骨の上を脚わたる
- 鉄骨の影の基盤をトロ走る
- 鉄はこぶ人の体臭のゆきかへる
- 瞳にいたき光りを踏みて働ける
- 歪みたる顔のかなしく鉄はこぶ
- たくましき光にめしひ鉄はこぶ
- 鉄骨の影切る地に坐して食ふ
- 鋲打ちてつかれし腰の地に憩ふ
- 青空ゆ下り来し顔が梅干はめり
- 疲れたる瞳に青空の綾燃ゆる
- 楽澄めり椰子の瑞葉は影かざし
- 楽澄めりうつむける人蒼々と
- デスマスク蒼くうかめり楽澄めば
- 楽きけり塑像の如き額しろく
- 起重機の轟音蒼穹をくづすべく
- 起重機の巨躯青空を圧しめぐる
- 起重機にもの食ませゐる人小さき
- 起重機の旋回我も蒼穹もなく
- 機銃化を動かす顔のしかと剛き
- ゴムのはのにぶきひかりは楽に垂り
- 楽きけり塑像の如き人等ゐて
- 楽きくと影絵の如き国にあり
- 昇降機吸はれゆきたる坑にほふ
- 昇降機吸はれし闇のむらさきに
- 地の底ゆせりくるロープはてしなく
- 昇降機うなじの線のこみあへる
- 昇降機脚にまつはる我が子呂と
- 旅ゆくと白き塑像の荷をつくり
- 白たへの塑像いだきて海の旅
- 鴎愛し海の碧さに身を細り
- 口笛を吹けども鴎集らざりき
- 碧空に鋭声つづりてゆく鳥よ
- 楽たのし饐ゆるマンゴの香もありて
- 楽迅し翅に眼のある蛾も来り
- 楽の音の滝なしふるにゴム青き
- 楽きけり白蛾はほそき肢に堪へ
- サボテンの掌の向き向きに楽たのし
- ゴムの葉ににぶき光は楽に垂り
- 妹とあがをれば来鳴きぬ鴎らも
- 鴎等はかむ代の鳥かかく白き
- 碧玉のそらうつつばさかく白き
- よるべなき声は虚空に響かへり
- 我妹子のいのちにひびきさはな鳴きそ
- あぢさゐの花より懈くみごもりぬ
- 身ごもりしうれひは脣をあをくせる
- 白粥の香もちかづけず身ごもりし
- 身ごもりしうれひの髪はほそく結ふ
- あぢさゐの毬より侏儒よ駆けて出よ
- 白芥子の妬心まひるの陽にこごる
- 芥子咲けば碧き空さへ病みぬべし
- ゆゑしらぬ病熱は芥子よりくると思ふ
- 芥子燃えぬピアノの音のたぎつへに
- わたの日を率てめぐりゐる花一つ
- 向日葵の黄に堪へがたく鶏つるむ
- 草灼くるにほひみだして鶏つるむ
- いちぢくの実にぞのぞかれ鶏つるむ
- 和田津海の辺に向日葵の黄を沸かし
- 大空の一角にして白き部屋よ
- この椅子にぬくみ与へて老いにける
- 昼ふかき星も見ゆべし侘ぶるとき
- 浪音にまろねの魂を洗はるる
- 海神のいつくしき辺に巣ごもりぬ
- 雛生れぬ真日のにほひのかなしさに
- 海光のつよきに触れて雛鳴けり
- 雛の眼に夜は潮騒のひびきけむ
- 雛の眼に海の碧さの映りゐる
- 月光のすだくにまろき女のはだ
- セロ弾けば月の光のうづたかし
- 月光のうづくに堪へず魚はねぬ
- 月光のこの一点に小さき存在
- ひとひらの月光より小さき我と思ふ
- 一掬のこの月光の石となれ
- 瞑れば我が黒髪も月光となる
- 「考うる葦」のうつしみ月光にあり
- 噴煙の吹きもたふれず鷹澄める
- 噴煙を知らねば海豚群れ遊ぶ
- 噴煙の夜はあかければ鳴く千鳥
- 行く秋の噴煙そらにほしいまま
- よきひげもチョークまみれのピエロ我
- 晴れし日も四角な部屋にピエロ我
- 口角を吹くも叱りてピエロ我
- いかりては舌のかはきつピエロ我
- 採点簿いつも放たずピエロ我
- 月光の衣どほりゆけば胎動を
- 泣きぼくろしるけく妻よみごもりぬ
- みごもりし瞳のぬくみ我をはなたず
- 爪紅のうすれゆきつつみごもりぬ
- おさなけく母となりゆく瞳のくもり
- 生れくる子にも拝しむとねぎまつる
- 三角のグラスに青子海を想ふ
- 咳き入ると見えしが青子詩を得たり
- 耳たぶの血色ぞすきて瞑想す
- 咳き入りて咳き入り瞳のうつくしき
- 氷雨よりさみしき音の血がかよふ
- 半生をささへきし手の爪冷えぬ
- 詩に痩せて量もなかりし白き骸
- 風を追ひ霰を追ひて魂翔けぬ
- 青麦の穂はかぎろへど母いづこ
- 陽炎にははのまなざしあるごとし
- 碧空に冬木しはぶくこともせず
- 餓えし瞳雪の白さがふりやまぬ
- 母求めぬ雪のひかりにめしひつつ
- 罪業の血のうつくしさ炭火に垂らす
- ふつふつと血を吸ふ炭火さはやかに
- 自画像の青きいびつの夜ぞ更けぬ
- 一握り雪をとりこよ食ぶと云ふ
- 稚き日の雪の降れれば雪を食べ
- 神去りしまなぶたいまだやはらかに
- 雪天にくろき柩とその子われ
- 黒髪も雪になびけて吾泣かず
- 吹雪く夜をこれよりひとり聴きまさむ
- 夕刊の鈴より都霧のわくごとき
- 吊革にさがれば父のなきおのれ
- ほしいままおのれをなげく時もなく
- 「疲れたり故に我在り」と思ふ瞬間
- 我が机ひかり憂ふる壁のもと
- 夜となれば神秘の眇灯る壁
- くしけづる君がなげきのこもる壁
- 古き代の呪文の釘のきしむ壁
- 幽き壁夜々のまぼろし刻むべく
- 睡りゐるその掌のちささ吾がめづる
- 赤ん坊を泣かしをくべく青きたたみ
- 泣きじやくる赤ん坊薊の花になれ
- 赤ん坊の蹠まつかに泣きじやくる
- 赤ん坊を移しては掃く風の二た間
- 指しやぶる音すきずきと白き蚊帳
- 目覚めては涼風をける足まろし
- 太陽と赤ん坊のものひらりひらり
- 赤ん坊にゴム靴にほふ父帰宅
- かはほりは月夜の襁褓嗅ぎました
- みどり子のにほひ月よりふと白し
- 指しやぶる瞳のしずけさに蚊帳垂る
- 吾子たのし涼風をけり母をけり
- 涼風のまろぶによろしつぶら吾が子
- 涙せで泣きじやくる子は誰の性
- 天地にす枯れ葵と我痩せぬ
- 夏痩せの胸のほくろとまろねする
- ハタハタの影して黍にとまりけり
- 炎天や川涸れはてし蘇鉄林
- 墓参や昔ながらの小せせらぎ
- 屋根替の加勢の中の器量よし
- 日傘さしてはだしの島女
- 首里城に桑の実盗りの童あり
- はぶ壺をもちて従ふ童かな
- いとけなき少年にして毒蛇捕り
- 慈善鍋三井銀行の扉の前に
- 先生も生徒も甘蔗の杖ついて
- 波のりの白き疲れによこたはる
篠原鳳作 プロフィール
篠原鳳作(しのはら ほうさく、1906年1月7日 - 1936年9月11日)