台風の夜の佐野洋子の絵本 藤井あかり「封緘(2015)文學の森」
固有名詞が抜群の効果をあげている作品です。佐野洋子の代表作は「百万回生きた猫」。主人公の猫は、ある時は一国の王の猫、ある時は船乗りの猫となり、サーカスの手品つかいの猫、どろぼうの猫、ひとりぼっちのお婆さんの猫、小さな女の子の猫…と100万回生まれ変わります。
台風の夜、風雨の音に怯える子どもたちに絵本を読んで聞かせる作者。どんな反応があったのか、一言も触れていないのに生涯忘れない一夜となったのだろうと想像させてくれます。台風は、人間の力では制御できない存在。同じように生死も思うようにはなりません。無力でありながら、時にしなやかに生きてゆく人間の姿。嵐を耐えるには何が必要なのでしょう?
百万回生きた猫は、それからどうなったのか。知りたいですか?もちろん教えてあげません。ただ台風がゆく頃には、何か温かいものが子どもたちの胸を満たしていたのではないでしょうか。
プロフィール
蜂谷一人
1954年岡山市生まれ。俳人、画人、TVプロデューサー。「いつき組」「街」「玉藻」所属。第三十一回俳壇賞受賞。句集に「プラネタリウムの夜」「青でなくブルー」
最近の句集から選ぶ歳時記「キゴサーチ」(秋)