そらりすの光を曲げてこすもすは 小津夜景「フラワーズ・カンフー(2016)ふらんす堂」
コスモスはご存知ですよね。メキシコ原産のキク科の一年草。校庭や公園によく植えられていて、白、淡紅、紅などの可憐な花が秋の風にそよぎます。
ギリシャ語のコスモスは宇宙の秩序や「調和」。ラテン語では星座の世界、すなわち「宇宙」そのものを意味します。原産地のメキシコで、聖職者が花びらが整然と並ぶ様を見て、ギリシャ語の「調和」と名付けたのだとか。花でありながら、宇宙につながるイメージをまとった植物です。
ではソラリスはどうでしょう。「ソラリスの陽のもとに」はポーランドの作家スタニスワフ・レムのSF小説のタイトルです。二度映画化されていますが、私としてはハリウッド版よりも断然タルコフスキー版をお勧めしたい。
ネタバレにならない程度に内容を紹介すると、惑星ソラリスを軌道上の宇宙ステーションが探索しています。通信が途切れ、心理学者のクリスが調査に派遣されます。そこで目にしたのは自分宛の遺書を残して自殺した友人の遺体と、ステーションにいるはずのない人たちの姿でした。
ソラリスの海は知性を持つ有機体で、ステーションの人間の心と交感し、心の傷となっているものを実体化して送り返します。クリスの場合は妻のハリーでした。地球で自殺したはずのハリーが、当時の姿のまま目の前に現れます。人は、忘れたい過去に向き合うことができるのか。映画は根源的な問いを突きつけます。バッハの「われ汝に呼ばわる、主イエス・キリストよ」が流れ、無重力の中でクリスとハリーが宙に浮かぶシーンは息を飲むような美しさです。
さてコスモスとソラリスを説明してきましたが、最後に残るのが「光を曲げて」。この措辞は重力レンズを思い起こさせます。恒星や銀河の発する光が途中にある天体の重力によって曲げられる現象のことです。
花、宇宙、秩序、心、重力など多くのイメージが凝縮されている掲句。キゴサーチでは、作品ごとに解釈を試みてきましたが、今回はそうしない方が良いように思います。ただ絢爛たるイメージを心ゆくまで味わうべき作品。それが掲句なのではないでしょうか。
閑話休題。知り合いの翻訳家の方が、ポーランドのレムの墓に詣でたことがありました。蠟燭や小石、菓子やマロニエの実がぎっしりと供えてあったそうです。その時のビデオを見せてもらったのですが、クロウタドリの声が木立にこだましていました。小石を供えるのはユダヤの習慣。菓子はレムが甘いもの好きだったから。彼のマロニエの実への執着は「高い城」に描かれています。
最近の句集から選ぶ歳時記「キゴサーチ」(秋)