秋の野に大きな車輪まわりゆく 五味太郎「俳句はいかが(1994)岩崎書店」
句集ではなく絵本からの一句です。絵本作家・五味太郎さんの絵と様々な人の俳句が散りばめられています。絵も素晴らしいのですが、五味さんの言葉が抜群に面白い。例えばこんなことが書いてあります。「言葉というものは、人間の、頭からか心からか、そこのところはよくわかりませんが、とにかく人間の中から出てくる、たとえばボールのようなものだとぼくは考えます。(中略)俳句とはその方法のひとつです。言葉のあるいは文字のボールに少し規則をもたせて、それゆえにボールをより強く、より鋭く、より魅力的に使おうとする方法です。(中略)そのほうがボールも幸せ、生き生きするだろうし、ついでに身も心も生き生きするだろうと考えるからです」なるほどー。言葉を幸せにする方法、それが俳句だったのかあ。知らなかった。いいことを聞いた。そんな感じです。
五味さんによれば、五七五とか、季語とか、俳句の決まりは言葉を生き生きとさせるために、あえて少し不自由にしておくルール。サッカーでは手を使ってはいけません、みたいなことらしいです。
さて掲句。五味さんからどんなボールが投げられたのか、見てみましょう。秋の野は草花が美しく咲き乱れ、虫が鳴き、爽やかな風が吹くところ。そこを大きな車輪が回ってゆきます。何の車輪かはわかりません。そのことが却ってこの車輪を特別なものにしています。大きな車輪は澄んだ空気の中できらきらと輝きながら、進んでゆきます。野の光と花の色彩と、ごとごと言う車輪の音と、背景の虫の音と、吹く風の心地よさが感じられます。乗る人も見る人も幸せにする車輪です。どこまでも回りつづけ、秋の野をはみだして、この世の果てまで行ってしまいそうです。
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