ポーの村よりやつて来る黒揚羽 金子敦「シーグラス(2021)ふらんす堂」
1865年、グレンスミス・ロングバート男爵は狩の最中にある村に迷い込み、鹿と間違えて少女を撃ってしまいます。少女の名はメリーベル。兄のエドガーに「妹が死んだらあなたを殺す」と脅され、村の館に留まることになった男爵。翌朝、メリーベルは命を取り留めたばかりか、銃創もほとんど癒えていました。村は嵐に襲われ、男爵はもう一夜を館で過ごすことになります。その夜、男爵は血の足りないメリーベルのためにエドガーに血を吸われます。彼らはバンパネラ(吸血鬼)だったのです。(ウィキペディアより抜粋)
この村こそ「ポーの村」。萩尾望都の名作「ポーの一族」の第二話にあたる作品です。吸血鬼の住む村は、普段は霧に閉ざされ人間が入りこむことがありません。その村から黒揚羽がやってきたという掲句。まるでバンパネラの化身のような蝶です。その村には、年中薔薇が咲き誇り、村人の食事は薔薇のスープのみ。バンパネラは年を取らないために、兄妹は永遠に子どものまま。この蝶もおそらく老いを知らず、薔薇の蜜のみを吸って生きているのでしょう。時折飲む人の血以外は。
ゴシックロマンスの香りを湛えた一句。私はこの蝶に、メリーベルと呼びかけてみたくなりました。
プロフィール
蜂谷一人
1954年岡山市生まれ。俳人、画人、TVプロデューサー。「いつき組」「街」「玉藻」所属。第三十一回俳壇賞受賞。句集に「プラネタリウムの夜」「青でなくブルー」