真炎天原子炉に火も苦しむか 正木ゆう子「羽羽(2016)春秋社」
東日本大震災をテーマにした句でしょう。あの日までは、春の海があんなに恐ろしいものだとは知りませんでした。津波は多くの方の命を奪っただけでなく、原子炉の電源を奪いメルトダウンをもたらしました。作者は震災後福島に通い、地元の方々と交流を深めてきました。震災が人々の生活をどう変えたのかを、つぶさに見てきました。数々のフクシマの句を発表している中で、これは原子炉の内部を詠んだ珍しい作品。
空には夏の太陽が燃えています。その火は核融合の火です。眼前には原子炉が聳えています。その火は核分裂によるものでした。どちらも原子力の火でありながら、違いはどうでしょう。全ての人に光を与える太陽と、近づく者を拒む原子炉。原子炉の中で、火もまた苦しんでいるのではないかというのです。文明批評でありながら、詩としての美しさを兼ね備えた一句。
そもそも火とは何でしょうか。ギリシャ神話にはこんなエピソードがあります。プロメーテウスという巨人が、寒さに苦しむ人間のために天界の火を盗み、人間にもたらします。巨人はその罪を咎められ、山頂に繋がれて大鷲に肝臓を啄まれます。一方、人間は大神ゼウスの予言通り、火を使って武器を作り戦争を始めるようになったのです。人間が弄んではいけないもの。それが火です。火というシンプルな言葉を用いたおかげで、句に神話のような象徴性が生まれました。
プロフィール
蜂谷一人
1954年岡山市生まれ。俳人、画人、TVプロデューサー。「いつき組」「街」「玉藻」所属。第三十一回俳壇賞受賞。句集に「プラネタリウムの夜」「青でなくブルー」