涅槃西風ならば海軍カレーの日 坊城俊樹「壱(2020)朔出版」
涅槃西風は涅槃会(旧暦二月十五日)の前後に吹く西風のこと。俗に西方浄土からの迎え風と言われます。この風が吹くと寒さが戻るとか。それが何故海軍カレーなのか。私なりに考えてみました。
海軍カレーとは大日本帝国海軍の兵食に由来すると言われるカレーです。もともと「脚気予防策」として採用されたもの。レシピは1908年に舞鶴海兵団が発行した「海軍割烹術参考書」に「カレイライス」として記されています。材料は、牛肉(または鶏肉)、にんじん、玉ねぎ、じゃがいも、カレイ粉、小麦粉、牛脂、米、スープ、チャツネ。チャツネを添えるなんて意外に本格的な作りだったことに驚かされます。今日でも海上自衛隊には金曜日にカレーを食べる習慣が伝わっているとか。長期の海上勤務で曜日の感覚が失われるのを防ぐためだそうです。ちなみにカレーを町おこしに活用している横須賀では毎週金曜日がカレーの日。
さて掲句。寒さが戻る頃に暖かいカレーで温まろうというのでしょうか。それだけなら、「冴え返る」などの季語でも良いはず。涅槃西風は、涅槃という言葉が示すように菩提を弔うというニュアンスを持っています。西は太平洋戦争の激戦の島々の方向。さりげない作りでありながら、読むほどに味わいの深い一句です。
プロフィール
蜂谷一人
1954年岡山市生まれ。俳人、画人、TVプロデューサー。「いつき組」「街」「玉藻」所属。第三十一回俳壇賞受賞。句集に「プラネタリウムの夜」「青でなくブルー」