おくのほそみち 奥の細道【ワンランク上の俳句百科 新ハイクロペディア/蜂谷一人】




事実は一つですが、真実はいくつもあると言われます。事実とはファクトのこと。犯罪捜査でいえば物証やアリバイに当たる言葉で、客観的で揺るぎのないものと考えられています。ところが真実はいくつものある。その物証を解釈する上で脚色や恣意、主観が許容されるのです。源氏物語と並んで日本文学を代表する古典と考えられている奥の細道は、多くの「真実」から成り立っています。つまり、事実をあえて記さなかったり、月日を変更したりしてあり、さらに掲載されている俳句も現地で詠んだものばかりではありません。それを読み解くことにより、俳聖芭蕉の人となりが伝わってくるのです。

では奥の細道とは何でしょうか。ノンフィクションの形を借りたフィクション。紀行の形をとった精神世界への旅。事実よりも深い内容を蔵した文学作品と言えるでしょう。松尾芭蕉がみちのくの旅に出たのは1689年、46歳の時のことでした。敬愛する平安時代の歌人・西行の足跡と歌枕を訪ねての旅でした。この年は西行の500回忌にあたり、それをきっかけによすがを訪ねようとしたのでしょう。執筆に入ったのはその3年後。完成した原稿を書家の柏木素竜に清書してもらい、それが手元に戻ってきたのは5年後のことでした。この間に、芭蕉は心血をそそいで奥の細道の「事実」に推敲と脚色を加え、芭蕉流の「真実」である芸術作品に昇華させました。その年に芭蕉は亡くなっています。奥の細道はまさに芭蕉の集大成だったのです。

では、なぜフィクションと断定できるのでしょうか。それは、芭蕉に随伴者がいたからです。芭蕉の弟子である曽良が旅の様子を書き残しています。「曽良随行日記」と呼ばれます。こちらは文学的な面白みはないものの内容的には事実に近いとされ「奥の細道」と読み比べることで、芭蕉の脚色が明らかになっているのです。例えば、芭蕉が記した旅の一泊目は埼玉県南部の草加ですが、曽良が記したのは粕壁。こんなふうに随所に違いがみて取れます。

 

プロフィール
蜂谷一人
1954年岡山市生まれ。俳人、画人、TVプロデューサー。「いつき組」「街」「玉藻」所属。第三十一回俳壇賞受賞。句集に「プラネタリウムの夜」「青でなくブルー」

公式サイト:http://miruhaiku.com/top.html

 

 

 

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