あんじ 暗示【ワンランク上の俳句百科 新ハイクロペディア/蜂谷一人】




梅雨晴や文字より落つるチョークの粉  池田瑠奈

俳句は短いので、言いたいことの全部を述べることはできません。そこで登場するのが暗示のテクニック。別の物を提示して、読者に気づかせます。掲句では黒板とも授業とも言わないで、教室の景であることが示されます。鍵となるのはチョークという言葉。

おそらく板書しているのでしょう。「文字より落つる」が秀逸。書いたそばから、白い粉が脱落してゆく。いつの間にか、服や床まで白くなっています。熱心な授業の様子がうかがえます。教師である作者にしか描けない光景です。

私なら、黒板にチョークが軋む音を詠むかもしれません。忘れたくても忘れられない耳ざりな音。あるいは、黒板に薄く消え残った文字の名残。日直当番の日、どんなにきれいに拭いても完全には落とせませんでした。どんなに頭を絞ってもその程度で精一杯。落ちてゆくチョークの粉のリアリティにはかないません。

季語は梅雨晴。雨があがって、窓にはぽたんぽたんと雨垂れが落ちているのでしょう。雫がぽたん。チョークの粉がはらり。ぽたん。はらり。ぽたん。きらり。水滴の輝きとチョークの白さが呼応しています。

 

プロフィール
蜂谷一人
1954年岡山市生まれ。俳人、画人、TVプロデューサー。「いつき組」「街」「玉藻」所属。第三十一回俳壇賞受賞。句集に「プラネタリウムの夜」「青でなくブルー」

公式サイト:http://miruhaiku.com/top.html

 

 

 

ワンランク上の俳句百科 新ハイクロペディア






おすすめの記事