みずすむ「水澄む(秋)地理」【最近の句集から選ぶ歳時記「キゴサーチ」/蜂谷一人】




タレースの万物は水澄みにけり  有馬朗人「黙示(2017)角川書店」

「トルコ紀行十九句」という前書きがついている連作の一句です。タレースはトルコに生まれた哲学者。紀元前6世紀に活躍しました。ソクラテスの現れる以前、世界の起源について最初に哲学的な考察を行った人として知られています。彼は万物の根源を水と考え、存在する全てのものが水から生成し、水に還ってゆくと考えました。そのことを知れば「万物は水澄みにけり」という措辞が一層輝いて見えます。

プラトンは、タレースが夜空を見上げて天文の観察に夢中になるあまり、溝に落ちてしまったという逸話を伝えています。「学者というものは遠い星のことはわかっても自分の足元のことはわからない」と人々に笑われたのだとか。しかしこのエピソードは、俗世間のことには関心を示さず 真理を求める人こそ真の学者なのだ、とも解釈できます。物理学者、教育者、政治家、俳人。多くの顔を持っていた作者ですが、おそらく心は遥かな星の世界にあったのではないでしょうか。

黙示は、2020年に亡くなった作者の第十句集。これにより第52回蛇笏賞を受賞しています。

 

プロフィール
蜂谷一人
1954年岡山市生まれ。俳人、画人、TVプロデューサー。「いつき組」「街」「玉藻」所属。第三十一回俳壇賞受賞。句集に「プラネタリウムの夜」「青でなくブルー」

公式サイト:http://miruhaiku.com/top.html

 

最近の句集から選ぶ歳時記「キゴサーチ」(秋)






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