人伝てに届く訃報やさくらんぼ 遠藤由樹子「寝息と梟(2021)朔出版」
季語はさくらんぼ。「西洋実桜の実をさすのが一般的。直径1.2〜1.5センチの球形で、色は淡紅、赤黄、深紅。艶があり美しい。美味で初夏の果物として喜ばれる」と歳時記に記されています。艶があって美しくて喜ばれて。可愛いばかりでマイナスの要素の見当たらない季語です。ところが掲句。訃報との取り合わせが意外です。なぜ訃報なのでしょうか。
さくらんぼからの連想で思いつくのが桜桃忌。小説家太宰治の忌日です。太宰は昭和23年6月13日、玉川上水で入水自殺、19日に発見されました。桜桃忌と名付けたのは、同郷の作家今官一。太宰晩年の小説「桜桃」にちなんでのことだったとか。この事件のために、さくらんぼに死の影がまとわりつくようになったのです。
掲句の訃報、桜桃忌を頭に置いて読むと不慮の死のように思えます。人伝てに、という措辞がいわくありげ。天命をまっとうしたのであれば、遺族から知らせが届く筈。何か事情があったから、人伝てだったのではないか。さくらんぼが愛らしく無垢なだけに、掲句の衝撃は一層深いものになります。
最近の句集から選ぶ歳時記「キゴサーチ」(夏)
プロフィール
蜂谷一人
1954年岡山市生まれ。俳人、画人、TVプロデューサー。「いつき組」「街」「玉藻」所属。第三十一回俳壇賞受賞。句集に「プラネタリウムの夜」「青でなくブルー」