えがかれたきご・描かれた季語【超初心者向け俳句百科ハイクロペディア/蜂谷一人】

季語に対する俳人たちの論は少しずつ異なっていて、統一的な見解はありません。季語はなくても構わないとする人もいれば、必須だという人もいます。その中間に様々な条件が提示されていて、いわば百家争鳴の状態です。

あるときNHK文化センターで「まのあたり句会」というイベントがあり、私も参加しました。メンバーは今井聖さん、櫂未知子さん、髙柳克弘さん、それに私。NHK俳句の選者と制作者が一同に会するという企画です。その席で髙柳さんが発表した句。

舞台に幕張るや五月の海として   髙柳克弘

今井さんは「重大な問題意識の隠れた句」と指摘しました。この句の季語は五月の海。しかし舞台の幕は、本物の海ではありません。それを季語と呼ぶことができるのか。今井さんは認められるという立場。勿論、作者の髙柳さんも。こうした立場をひとまず「言葉派」と呼ぶことにしましょう。一方、櫂さんは「私は現物主義」と主張。本物の海でなければ季語とは認めないという立場。私自身は櫂さんを支持しました。二対二。四人の選者の意見が、真っ二つに割れてしまったのです。言葉としての季語に関心を持つのか、あくまで実物の季語にこだわるのか。ここには俳句観の違いがくっきりと現れています。私見ですが、俳壇全体では現物主義が七割くらい。しかし若手になればなるほど、言葉派が増えてゆくように感じられます。結論の出ないこの論争、あなたはどちらに一票を投じますか?

 

プロフィール
蜂谷一人
1954年岡山市生まれ。俳人、画人、TVプロデューサー。「いつき組」「街」「玉藻」所属。第三十一回俳壇賞受賞。句集に「プラネタリウムの夜」「青でなくブルー」

公式サイト:http://miruhaiku.com/top.html

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