いいじまはるこ 飯島晴子(1921~2000)
月光の象番にならぬかといふ
覚えておくべき名句を作者とともに紹介してゆきましょう。俳句をアートとゲームに分けるとすれば、晴子の句はまさにアート。たとえば掲句。不思議な言葉が出てきて、読者はいきなり迷宮に連れ込まれます。月光の象番って何?「ならぬか」と言ったのは誰?晴子は謎に答えず、ただ月光に照らされた象のざらざらとした皮膚の感触と「ならぬか」という言葉の余韻のみをあなたに手渡します。何だかわからないけれども、決して嫌ではない感覚。意味もなく泣けそうになったりする気分。まさにアートの本質に迫る一句ではないでしょうか。
晴子は著書「ものの持つやさしさ」の中で、俳句をジグソーパズルに譬えています。「パズルには必ず当てはまる一片があるが、俳句には必ずしもぴっちり当てはまる言葉は存在しないかもしれない。ジグソーパズルの一種にすべての片が真っ白い牛乳パズルがある。出来上がっても意味が何もない。しかも形は全部がぴっちりとしている。この牛乳パズルが究極の俳句なのではないか」。パズルがぴったりとはまったとき、出来上がるのは真っ白な紙。言葉が完璧に組み合わさった瞬間、意味をなくしてしまう。それが晴子の理想だとすれば、なかなか手ごわい作家と言うしかありません。
プロフィール
蜂谷一人
1954年岡山市生まれ。俳人、画人、TVプロデューサー。「いつき組」「街」「玉藻」所属。第三十一回俳壇賞受賞。句集に「プラネタリウムの夜」「青でなくブルー」