たねものや「種物屋(春)生活」【最近の句集から選ぶ歳時記「キゴサーチ」/蜂谷一人】




ほどほどに忘れられたる種物屋  櫂未知子「カムイ(2017)ふらんす堂」

種物屋は季語「種物」の傍題。穀類や野菜、草花の種を売る店です。「店頭に美しい花の印刷をした種袋が飾られていると、春らしい気分になる」と歳時記に。まあね。園芸に興味がある方ならそうでしょう。しかし、あの美しい種袋は開花を保証しているわけではありません。うまく育てられなければ、無惨に枯れてしまいます。それで返金してくれる訳もなし。なんとか咲かせたとしても、予想と違うこともあります。CDのジャケ買いに似ていて、なーんだ、こんな曲だったのかと落胆したり、なーんだ、こんな地味な花だったのかと嘆いたり。

そもそも園芸に興味がないから、種物屋の前を通っても気づきません。私など、パン屋、八百屋、コンビニ、喫茶。そのあたりははっきり意識していますが、種物屋、小間物屋、履物屋などは思い出せないこともあります。ですから掲句の「ほどほどに忘れられたる」に共感。ほどほどに、ですから完全に忘れている訳ではない。でもいつも意識している訳でもない。微妙なことを微妙なままに言い切るのは難しいもの。でもこの句ではとてもうまくいっています。

種物屋の名誉のために言っておくと、「植物男子ベランダー」などのテレビ番組のおかげで、男子にも園芸熱が広まっている模様。ついに種物屋に光があたる時代が訪れたようです。

 

プロフィール
蜂谷一人
1954年岡山市生まれ。俳人、画人、TVプロデューサー。「いつき組」「街」「玉藻」所属。第三十一回俳壇賞受賞。句集に「プラネタリウムの夜」「青でなくブルー」

公式サイト:http://miruhaiku.com/top.html






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