明けぼのや白魚しろきこと一寸 芭蕉
句またがりとは、意味の切れとリズムの切れがずれている句のこと。まず掲句を読んでみてください。明けぼのや 白魚しろき こと一寸 となったのではないでしょうか。これはリズムの切れ目。定型の五七五に無意識にあてはめようとして、こう読む方が多いように思います。かく言う私も、そう読みました。厳密にいえば五七六ですが、一寸は一息に読めるので字余りが気になりません。
ところが意味の切れ目は 明けぼのや 白魚しろきこと 一寸 となるはずですよね。しろきこと、が一つの文節なので一続きで読まなければなりません。片山由美子さんによれば、句またがりは分断された箇所が作者の強調したい箇所。となれば、「しろき こと」が芭蕉が一番言いたかったことということに。白魚の白さに感嘆しているのです。なるほど。これまで、句またがりを平気で使っていた私ですが、こんな重要な点を見逃していました。経験者でも案外ご存じないのではないでしょうか。さて、もう一つ芭蕉の句を見てみましょう。
海暮れて鴨の声ほのかに白し 芭蕉
こちらも有名な句です。五七五の定型で読めば 海暮れて 鴨の声ほの かに白し
一方意味の切れは 海暮れて 鴨の声 ほのかに白し で五五七。では問題です。この句で芭蕉が一番強調したかったのはどこでしょう?はい、先ほど書いたように分断された箇所でしたよね。だから「ほのかに白し」。
闇が迫ってくる海で、鴨の声が際立って聞こえる様に感動して「ほのかに白し」と表現しているのですね。海暮れて ほのかに白し 鴨の声とすれば定型に収まりますが芭蕉はあえてそうしませんでした。その理由は、賢明なあなたならとっくにお見通しでしょう。
それにしても、鴨の声は聴覚。ほのかに白いのは視覚。聴覚を視覚で表現している点も見事な一句。現代の句だと言っても通用する新しさです。
ここで、あなたにクイズです。令和四年の「NHK俳句」で片山さんが出題したものですが、司会の武井壮さんにとっても、ゲストのいとうせいこうさんにとっても、難しいものでした。これが出来れば、あなたも俳句通というわけです。ではいきますよ。
次の名句が句またがりかどうかをお答えください。句またがりならば〇。句またがりでなければ×です。
1. むさしのの空真青なる落葉かな 水原秋櫻子
正解 〇
2.山又山山桜又山桜 阿波野青畝
正解 ×
3.さくら咲きあふれて海へ雄物川 森澄夫
正解 〇
何問できましたか?まず、五七五で読んでみるとわかります。
1.むさしのの 空真青なる 落葉かな
自然にこう切って読んだはずです。意味でいえば むさしのの空と一続き。このフレーズが上五と中七にまたがっているので、句またがりです。
2. 山又山 山桜又 山桜 と読んだはずです。出だしが「やままたやま」ですから六七五ですね。上五が字余りになっていますが、フレーズの途中で分かれている訳ではありません。ですから「字余り」であって、句またがりではないということになります。あくまで、一続きの言葉やフレーズが分かれている場合のみ、句またがりと呼ばれるのです。ちなみに字あまり、字たらずの句に、句またがりはありません。
3. さくら咲き、あふれて海へ 雄物川 と切って詠めます。咲きあふれて、というフレーズの途中で分かれているので句またがりです。
片山さんによれば、句またがりはシンコペーションの働き。タンタンタンではなく、タタンタというリズムでその部分を強調します。かえってわからなくなったかな?
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