電球をきゆつきゆつ酉の市準備 吉田林檎「スカラ座(2019)ふらんす堂」
酉の市は十一月の酉の日に行われる祭礼。神社の参道にずらりと夜店が並び、煌々とあかりを灯して商います。売られるのは福を呼ぶ縁起物の熊手。ですから、酉の市と言えば熊手を詠んだ句が多いのですが、ここでは電球。いい意味で意表をついています。確かに酉の市のもう一つの主役は電球。早くもとっぷりと暮れた冬空の下、そこだけは不夜城のように電球が灯ります。気の利いた照明ではなく裸電球というところがみそ。風に揺れて少々心細い。それでも光が暖かい。何より懐かしい。
その準備風景を詠った掲句。酉の市というワードで夜を想像させ、その残像を残しながら昼間を詠う。場面の設定が秀逸です。さらに動詞を一つも用いていません。きゆつきゆつ、というオノマトペだけで磨く様子を遺憾なく表現。電球のきゅと きゆつきゆつのキュ。繰り返す言葉の響きもリズムも楽しい一句。読むだけで心が満たされ福がやって来そうです。
プロフィール
蜂谷一人
1954年岡山市生まれ。俳人、画人、TVプロデューサー。「いつき組」「街」「玉藻」所属。第三十一回俳壇賞受賞。句集に「プラネタリウムの夜」「青でなくブルー」