三角のボタンを押して銀漢へ 茅根知子「赤い金魚(2021)本阿弥書店」
季語は銀漢。天の川のことです。古代中国では、長江の支流である漢水の気が天に昇り銀河となったと考えられていました。銀河となった漢水なので銀漢。
三角のボタンはおそらくバスや電車の降車用のもの。掲句はそこからの飛躍がすごいのです。いきなり銀漢へ。下車すると、銀河の真ん中に立っていたとでも言うように。
これを一編の動画と捉えてみると、最初のカットが三角のボタン。乗り物の振動に合わせて揺れています。ガタゴトという音もしているでしょう。車内の様子は描写されませんが、十分乗り物と分かります。そこへ人差し指が伸びてきて、ポチッと押しました。紫の灯がともり、チャイムが鳴ります。ここまでがワンカット。次のカットは降るような星空です。誰がボタンを押したのかは記されていません。ということは、誰を想像しても良いということ。私は銀河鉄道の夜を思いました。ほら、ジョバンニとカンパネルラが、列車を降りて銀河へ駆け出してゆくではありませんか。
わずか17音で、壮大なファンタジーの始まりを告げるような一句。さんかく、ボタン、ぎんかん、と「ん」の音が重なって句にリズムと心地よい緊張感を与えています。
プロフィール
蜂谷一人
1954年岡山市生まれ。俳人、画人、TVプロデューサー。「いつき組」「街」「玉藻」所属。第三十一回俳壇賞受賞。句集に「プラネタリウムの夜」「青でなくブルー」
最近の句集から選ぶ歳時記「キゴサーチ」(秋)