- 梅雨晴れや手枕の骨鳴るままに
- 人棲まぬ隣家の柚子を仰ぎけり
- 春雨や物乞ひどもと海を見る
- 圓木の揺れやむを見て青き踏む
- オリオンを直上にさす雛祭
- 鵞鳥朝あけを告げ来る若芽
- 春暁や罪ほの暗く胃に残る
- 白梅の垂直を見る夜のしゞま
- 摘草の子は声あげて富士を見る
- 天主教会庭木に登る春の子ら
- 遠く来て見しものかリラの花咲くを
- 流れ木の芽立ちしままに砂州光る
- 匂ひ立つ材木乗せし春の貨車
- 白鳥の花振り別けて春の水
- 春の夜の桜にかかる投げテープ
- 桜散りて国遠ざかる海路かな
- 行く春を小夜中山の石なでつ
- 膝抱きて旅の疲れや白あやめ
- 蟻薹上に餓ゑて月高し
- 屋上のインコ真白し夏の月
- 栗の花ちる径たるむ腕時計
- 梅雨曇りベルの音よく冴ゆる門
- 夏のや夜通し落ちる花の音
- 蜩や風呂わき来れば人にすすむ
- 秋の日の反射爐に満つ嫁ぐ人
- 秋の夜や交番の人動かざる
- 無花果を押し潰しみる薄疲れ
- ショパンなほ続く妹の秋の薔薇
- 白菊や衰へし人礼正し
- 栴檀の実の色つきぬ胡蝶隊
- 梨の芯黒きを残すひるの留守
- ふるさとに芒なびきて霰来る
- 名月やあるじ眠らん香のなかに
- 山峡のレール秋ひき立ち迎ふ
- 嬉野に油こぼれて師走来る
- 大掃除床下の羊歯正しかり
- 風花や石みなまるく水に入る
- 靴の泥枯草つけて富士を見る
- 木枯や海女の足裏水底に
- 紫の河浮き沈む冬筏
- 横綱と顔を洗ふや冬の宿
- 押しよせて波みな妻の顔に見ゆ
- 繭玉に金色の風ゆらぎ立つ
- 暴れ若葉九龍の波尖とがる
- アフリカも知らざる火夫の声低し
- アラビヤの波塩辛き末路かな
- 京に似しペナンは月の真下にて
- キャラバンの疾風に眠る塩の山
- コンコルド女神老けにし春の雨
- シャンゼリゼ驢馬鈴沈む花曇
- 十五夜の月はシネマの上にあり
- 天井に潮騒映る昼寝かな
- ペナン行花さす客の口赤し
- まるまると陽を吸ひ落す沙漠かな
- 鰐怒る上には紅の花蔓
- 白梅のりりしき里に帰りけり
- 夜桜や隣りの人に会ひにけり
- 墨するや月のぼりゆく春草忌
- 芍薬を売り残したり花車
- 日ぐらしや主客に見えし葛の花
- 待つ朝の鏡にうつす青落葉
- あづき煮る火もとさびしき野分かな
- 日ぐらしは草より低き嵯峨野かな
- ささ鳴きの枝うつりゆく夕ごころ
- 此の借家また借りる人の荷の軽し
- 何もなく過ぎしがごとし春の雲
横光利一 プロフィール
横光 利一(よこみつ りいち、1898年(明治31年)3月17日 - 1947年(昭和22年)12月30日)