ポーの村よりやつて来る黒揚羽 金子敦
暗喩や引用にみちた作品の迷路に迷い込むのも俳句の楽しみの一つです。とりわけ、自分の大好きな作品がテーマになっていると聞けばなおさら。
1865年、グレンスミス・ロングバート男爵は狩の最中にある村に迷い込み、鹿と間違えて少女を撃ってしまいます。少女の名はメリーベル。兄のエドガーに「妹が死んだらあなたを殺す」と脅され、村の館に留まることになった男爵。翌朝、メリーベルは命を取り留めたばかりか、銃創もほとんど癒えていました。村は嵐に襲われ、男爵はもう一夜を館で過ごすことになります。その夜、男爵は血の足りないメリーベルのためにエドガーに血を吸われます。彼らはバンパネラ(吸血鬼)だったのです。(ウィキペディアより抜粋)
この村こそ「ポーの村」。萩尾望都の名作「ポーの一族」の第二話にあたる作品です。吸血鬼の住む村は、普段は霧に閉ざされ人間が入りこむことがありません。その村から黒揚羽がやってきたという掲句。まるでバンパネラの化身のような蝶です。その村には、年中薔薇が咲き誇り、村人の食事は薔薇のスープのみ。バンパネラは年を取らないために、兄妹は永遠に子どものまま。この蝶もおそらく老いを知らず、薔薇の蜜のみを吸って生きているのでしょう。時折飲む人の血以外は。
ゴシックロマンスの香りを湛えた一句。私はこの蝶に、メリーベルと呼びかけてみたくなりました。
プロフィール
蜂谷一人
1954年岡山市生まれ。俳人、画人、TVプロデューサー。「いつき組」「街」「玉藻」所属。第三十一回俳壇賞受賞。句集に「プラネタリウムの夜」「青でなくブルー」
公式サイト:http://miruhaiku.com/top.html