かこ 過去【ワンランク上の俳句百科 新ハイクロペディア/蜂谷一人】




俳句は「今ここ」をうたう文学。過去を読むのは難しいとされています。しかし、過去をテーマにして作品がないわけではありません。たとえば次の一句。

大仏も観音も老ゆ虚子忌かな   坊城俊樹

高濱虚子が亡くなったのは1959年4月8日。ですから虚子忌は春の季語。長年鎌倉に住んでいましたから、おそらく大仏は鎌倉の大仏。観音は長谷寺の観音菩薩のことなのでしょう。仏像は人の命よりもはるかに長い時を見つめてきました。しかし、物には必ず終わりが来ます。無生物に時間が経過して劣化することを「古ぶ」といいます。しかしここでは「老ゆ」が使われました。仏像が生きているように感じられる動詞です。あの仏たちですら、老いから逃れることはできないのです。その先には、朽ちて忘れられる未来が待っています。大虚子と呼ばれ、長年俳壇を牽引した虚子も亡くなって60年以上が経過しました。直接薫陶を受けた俳人たちも多くがこの世を去りました。虚子の曽孫である作者もすでに還暦を越えています。仏像を詠みながら、実は人の世の移り変わりの速さに思いを馳せているのでしょう。老ゆという動詞ひとつで時間の流れを感じさせる作品。こんなことができるのも俳句の魔法のひとつだと思います。

 

プロフィール
蜂谷一人
1954年岡山市生まれ。俳人、画人、TVプロデューサー。「いつき組」「街」「玉藻」所属。第三十一回俳壇賞受賞。句集に「プラネタリウムの夜」「青でなくブルー」

公式サイト:http://miruhaiku.com/top.html

 

 

 

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