ガラス戸の遠き夜火事に触れにけり 村上鞆彦「遅日の岸(2015)ふらんす堂」
火事は冬の季語。「冬は空気が乾燥しているので、暖房器具や寝煙草により火事が起きやすい」と歳時記に。この句を映像にする場合、カメラをどこに置くか考えてみました。ガラス戸の外に火事が見える。戸に駆け寄って遠くの炎を見つめた。こう解釈すれば、カメラは室内。主人公の背中越しにガラス戸と、遠くの火事が見えています。これでもいいのですが、後ろ姿なので主人公の表情が見えません。そこで、カメラをガラス戸の外に置いてみます。ガラスに炎が写っている。主人公が近づいて来て、ガラスに手を触れる。主人公の顔のあたりに炎が写っている。このカメラワークだと、ガラス越しに主人公の表情がはっきりと見え、しかもガラスに写った炎が心の動きをもの語ってくれます。私が監督ならば、カメラはガラス戸の外。ガラスから人へフォーカスを送れば、ワンカットで炎と主人公の両方を撮影する事ができます。フォーカス送りとは、望遠系のレンズを用いる撮影上のテクニック。狭い範囲にしかピントが合わないレンズの特性を利用します。まず、画面には炎が映っています。奥にフォーカスを送ると人の顔が現れます。少しぼやけて炎が重なっています。渇きなのか、恐れなのか、それとも欲望なのか。ガラスに手を触れる主人公の心理を描写することが出来ます。
プロフィール
蜂谷一人
1954年岡山市生まれ。俳人、画人、TVプロデューサー。「いつき組」「街」「玉藻」所属。第三十一回俳壇賞受賞。句集に「プラネタリウムの夜」「青でなくブルー」