着ぶくれてマストロヤンニふうにハグ
今井聖「九月の明るい坂(2020)朔出版」
着ぶくれると、体の動きがぎこちなくなります。一挙手一投足が大げさに。それでマストロヤンニの名前がでてきたのでしょうか。マルチェロ・ヴィンチェンツォ・ドメニコ・マストロヤンニはイタリアの映画スター。フェリーニの「甘い生活(1960)」が代表作。ソフィア・ローレンと共演した「ひまわり(1969)」もご存じですよね。今回の句集には人物の固有名詞が多いと茅根知子さんに教わりました。数えてみるとざっと18句。渡辺牧場や子規庵といった場所の名前は勘定に入れずにこの数です。モンロー、長谷川一夫などの往年の映画スター。サッチモ、チャック・ベリー、モーツァルトのような音楽家。あ、北山修、オノ・ヨーコも歌手でした。列挙してみると、作者の青春を色どった時代の気分が色濃く立ち現われます。スターが本当にスターらしかった時代。ロックやフォークが商業主義に毒される以前の時代です。
さて、こうした有名人に並んで今井一郎という名前がありました。
今井一郎墓に入りても葱臭し
作者の父です。葱が好きだったんですかと作者に尋ねたら「そうだ」とおっしゃっていました。有名人に混じって、市井の人としてはこの名前だけが登場。作者の強い愛着を感じます。
プロフィール
蜂谷一人
1954年岡山市生まれ。俳人、画人、TVプロデューサー。「いつき組」「街」「玉藻」所属。第三十一回俳壇賞受賞。句集に「プラネタリウムの夜」「青でなくブルー」