かれの「枯野(冬)地理」【最近の句集から選ぶ歳時記「キゴサーチ」/蜂谷一人】

オルガンのペダルを踏んで枯野まで  対馬康子「天之(2019)富士見書房」

ペダルと言えば自転車。ペダルを踏めば前へ進みます。しかし掲句のペダルはオルガン。音量や音色を調節します。最新式のエレクトーンではなく、おそらく昔の小学校にあった小さなオルガン。その伴奏に合わせて歌った経験は誰にでもあるでしょう。その行く先は枯野だというのです。ペダルという言葉をきっかけに次々に連想の糸が連なってゆくような一句。歳時記によると「枯野とは、草の枯れ果てた野原。枯れ一色とはいえ、夕日をあびて輝くさまは侘しい中にも華やぎを感じさせる」。死の世界を思わせる静けさに包まれてはいますが、生の余韻を感じさせる場所。おそらく自転車では行き着けないところ。子ども時代の記憶のつまったオルガンだけが行き着けるところ。小学校の教室のセットの壁が倒れると、懐かしい冬の野原が現れる。道に迷ってべそをかきながら、夕日の中を歩いてゆくのは子どもの私。そんなシュールなイメージが立ち上がります。まるですぐれた前衛劇を見るようです。

 

プロフィール
蜂谷一人
1954年岡山市生まれ。俳人、画人、TVプロデューサー。「いつき組」「街」「玉藻」所属。第三十一回俳壇賞受賞。句集に「プラネタリウムの夜」「青でなくブルー」

公式サイト:http://miruhaiku.com/top.html

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