録音のやうな初音のなかにゐる 宮本佳世乃「301号室(2019)港の人」
初音は鶯の初鳴きのこと。春の到来を告げる囀りです。それが録音のようだという。面白い捉えかたです。現実よりも、現実を再現したものの方がリアルだという感性。確かに、実際に耳にする囀りは遠かったり、車の音にかき消されたり、はっきりと聞こえないことがあります。また鳥の方の練習不足で、途切れたり間違えたりすることもあります。掲句の場合、はっきりとしたホーホケキョが、雑音に邪魔されずに聞こえているのでしょう。人工的なものが自然に優る。絵がモデルよりも美しく、造花が生花より鮮やかだと考える人々が、最近増えています。その典型が、写真加工ソフトでしょう。SNSに掲載される写真の多くが、目を大きく肌を明るく滑らかに加工されています。アプリの方が素顔より、化粧より、もっと理想に近いと考えられているのです。そんな時代の空気を的確に言い止めた一句ではないでしょうか。
プロフィール
蜂谷一人
1954年岡山市生まれ。俳人、画人、TVプロデューサー。「いつき組」「街」「玉藻」所属。第三十一回俳壇賞受賞。句集に「プラネタリウムの夜」「青でなくブルー」