きくのきせわた 菊の被綿【ワンランク上の俳句百科 新ハイクロペディア/蜂谷一人】




奥座敷菊の被綿なるを手に   岸本葉子

エッセイストで小説家。才能豊かな作者の第一句集「つちふる」よりの一句。つちふるとは、大陸から飛んでくる黄砂をさす言葉。霾という難しい漢字も存在します。記念すべき第一句集の題名になぜ、少々鬱陶しい季語を選んだのか。作者に伺うと、本格派の句集を目指したからとおっしゃっていました。歳時記には、花の名前など美しい季語がたくさん掲載されていますが、敬遠したいものも載っています。いいものもよくないものも含めて、全てが日本の季節を表す言葉。あえて地味な季語にも注目してゆきたいという決意表明だったのです。

さて菊の被綿とは長い歴史を持つ季語。平安時代、重陽の日に、菊の花に真綿を被せ、翌朝朝露を含んだ綿で体を拭くと無病であるという言い伝えがありました。その綿が「菊の被綿」。中国で、菊の花びらの浸かった滝水を飲んだ人が 長寿を得たという故事によります。重陽は旧暦九月九日のこと。古来偶数は陰、奇数は陽と考えられ、陽数の九を重ねることから九月九日が重陽と呼ばれました。

掲句は、奥座敷に通されて、菊の被綿を手に取った際の感慨が詠まれています。奥座敷があるのですから、きっと大きなお屋敷。旧家を想像させます。「被綿なる」の「なる」がよく効いていると思いませんか。それにより「これがあの名高い被綿というものか」という驚きが感じられるのです。それで嬉しかったとも、しみじみしたとも、言わないところが俳句。あとは読者の想像に任されます。

 

プロフィール
蜂谷一人
1954年岡山市生まれ。俳人、画人、TVプロデューサー。「いつき組」「街」「玉藻」所属。第三十一回俳壇賞受賞。句集に「プラネタリウムの夜」「青でなくブルー」

公式サイト:http://miruhaiku.com/top.html

 

 

 

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