「けり」は文末に置く切字。もともと過去の助動詞「き」に「あり」がついた形なので「過去の詠嘆」つまり「〇〇だったなあ」という意味になります。動詞、形容詞などの用言につくのが特徴。上につくのは口語の「ます」と同じ連用形です。ついて来ていますか?大丈夫ですか?
「学びます」→「学びけり」
「泳ぎます」→「泳ぎけり」
こんな具合に使います。およぎけり、と五音なら下五に置きやすいのですが、「行きます」→「行きけり」となると四音で座りが悪いですね。こんなときには「に」を入れて「行きにけり」として五音に収めます。間違えやすいのは形容詞につく場合。「美し」+「けり」は「かり」を入れて「美しかりけり」となります。字数の関係で「美しかり」のように、かりでとめる用法をよく見ますが文法的には誤り。お勧めできません。こんなふうに多少の文法の勉強は避けて通れないのですがフリーズしちゃう人がいるのも事実。一番いいのは、好きな句を暗記してしまうこと。理屈抜きで、文法の感覚が身に付きます。
飛込の途中たましひ遅れけり 中原道夫
飛込が夏の季語。学生時代の思い出でしょうか。体が飛び出してゆくのに、心が追い付かない。そんな瀬戸際の感覚を「たましひ遅れけり」と言いとめました。「遅れけり」を覚えておけば他の動詞にも応用できます。ちなみに「けり」は文末に置かれることが多いので、「おしまいにする」という意味の「けりをつける」という慣用句が生まれました。俳句トリビアです。
さて、映像的な効果で言えば「けり」はフェイドアウトです。フェイドアウトとは、映像が暗くなってゆき、やがて真っ黒になる編集上の技法。回想シーンなどに用いられます。現在のシーンと過去のシーンを、通常のカット編集でつなぐと、混乱してしまいます。フェイドアウトを挟むことで、視聴者は「ああ、これは過去のシーンなんだな」と了解します。過去であれば、昨日のことでも 百年前のことでも、あるいは平安時代のことあっても構いません。「けり」は過去へのタイムマシンです。