カメラ位置 カメラいち【ワンランク上の俳句百科 新ハイクロペディア/蜂谷一人】




俳句を短い動画と捉えれば、俳句を詠むあなたはカメラマン兼監督。高山の上であろうが、深海のそこであろうが自由自在。思いのままの場所にカメラを置くことができ、しかも誰かの許可も、高価な機材も必要ありません。そのカメラは、平場に置かれるだけではありません。クレーンに乗って上下に動いたり、ドローンで飛び去ったり。映画と同様にダイナミックな表現は動くカメラによって実現されるのです。次に紹介する句は、本来置くことのできない筈の場所で撮影しているおもむき。

東山回して鉾をまはしけり  後藤比奈夫

鉾は京都の祇園祭の山鉾。山鉾巡行は毎年七月十七日に行われます。その見せ場が辻回し。十トンもある巨大な鉾を人力で方向転換する作業です。路上に青竹を敷き詰めます。その上に車輪を乗せ、滑りをよくするために水を掛けます。掛け声や扇で合図を出すのは音頭取りの役目。押す人と引っ張る人の息を合わせます。見事に回れば、東山もくるり。この緊迫の一瞬を詠んだのが掲句です。さて、カメラはどこにあるのでしょうか。「東山回して」ですから背景が回っています。ということは山鉾の上にカメラが乗っている訳です。祇園祭りの関係者でなければ、置くことのできない場所です。すごいですよね。こうして撮影された1カット目は見物人ではなく、鉾に乗る町衆の視点で描かれます。続いて「鉾を回しけり」という2カット目では、鉾を回す人々を写しだします。ということは、カメラは地上の見物席に置かれて意るはず。ややロングショットで広い構図を用いています。こうした映像はエスタブリッシュ・ショットと呼ばれ、なくてはならないもの。場所の状況や人物の位置関係を、観客に認識させるためのものです。ここでは、鉾回しの全体像を見せるために必要なカットとなります。鉾の上と地上。一句の中でカメラの位置が変わり、ダイナミックな映像効果を上げている作品です。

 

プロフィール
蜂谷一人
1954年岡山市生まれ。俳人、画人、TVプロデューサー。「いつき組」「街」「玉藻」所属。第三十一回俳壇賞受賞。句集に「プラネタリウムの夜」「青でなくブルー」

公式サイト:http://miruhaiku.com/top.html

 

 

 

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