俳句では「うれしい」「悲しい」などの感情を表すことばを使わない方がよいとされています。片山由美子さんによれば、俳句は短いので感情語を用いると、結論ありきになってしまう。「悲しい」と言わないでかなしみを表すのが俳句、とのこと。きっと多くの方が納得されるのではないでしょうか。ところが、ここにも例外があるからややこしい。次の句を見てください。

おもしろうてやがて悲しき鵜舟かな  芭蕉

「おもしろし」も、「悲し」も感情語。ルールを二つも破って、なおかつ名句と言われるのですから、さすが芭蕉というしかありません。おもしろうてやがて悲しき。そうとしか言えない、複雑な感情を湛えていて言い換えができないのです。さらに「鵜舟かな」と収めた巧みさ。普通なら「鵜飼かな」としがちなところ。そうなると鵜飼とは、そういうものだという報告になってしまいます。鵜舟という「もの」を描いたことで、句にリアリティが生まれました。小さなものを描いて大きなものを表現する。俳句の骨法がここに生かされているのです。

さて「NHK俳句」で、この問題に触れたときのゲストはシンガーソングライターの川崎鷹也さんでした。川崎さんのヒット曲「魔法の絨毯」の歌詞はどうなっているでしょう。

くだらないことで笑って何気ない会話で泣いて
ひとつひとつの出来事に栞を挟んで
忘れないように無くさないように

アラジンのように魔法の絨毯に乗って
迎えに行くよ、魔法は使えないけど
お金もないし、力もないし、地位も名誉もないけど
君のこと離したくないんだ

一行目から「笑って」「泣いて」という感情を表す言葉が登場します。音楽には俳句のような決まりがないため、感情語の使用は珍しくありません。しかし次のフレーズが秀逸。「ひとつひとつの出来事に栞を挟んで」うたかたの日々を心にとどめる栞。栞という具体物が出たおかげで、曲のイメージがひときわ鮮やかになりました。芭蕉の「鵜舟」と同じ効果です。感情語を用いる時は、具体物をいれるとよい。奇しくも古今のお二人に教えていただきました。

 

プロフィール
蜂谷一人
1954年岡山市生まれ。俳人、画人、TVプロデューサー。「いつき組」「街」「玉藻」所属。第三十一回俳壇賞受賞。句集に「プラネタリウムの夜」「青でなくブルー」

公式サイト:http://miruhaiku.com/top.html

 

 

 

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