焚火の父振り向きざまに束子放る 今井聖「九月の明るい坂(2020)朔出版」
一体どういう状況なのか、さっぱりわかりません。なぜ束子を放るのか。なぜ振り向きざまなのか。焚火である必然性は?わからないことばかりです。しかし、作りものではない迫力があります。こんなことが、嘗てあったのだろうと思わせられるのです。反則すれすれ、いえ立派な反則かもしれませんが気になってしかたない句です。西東三鬼の「露人ワシコフ叫びて石榴打ち落とす」を初めて読んだときもそうでした。意味がわからないけれども、惹かれる句というものが確かにあります。むしろ筋が通らない分、現実味が増しているともいえるのです。実際に見なければ、そんなシーンを書く筈もないからです。合理的な説明を考えるよりも、ありのままに句を読んで、その世界に浸る。父が放り投げた束子をしっかりと受け止める。それも読者の楽しみの一つなのでしょう。
プロフィール
蜂谷一人
1954年岡山市生まれ。俳人、画人、TVプロデューサー。「いつき組」「街」「玉藻」所属。第三十一回俳壇賞受賞。句集に「プラネタリウムの夜」「青でなくブルー」
最近の句集から選ぶ歳時記「キゴサーチ」(冬)