あら君は左ぎっちょね衣被 池田澄子
衣被は、小ぶりの里芋を皮のまま茹でる料理。包丁で切れ目を入れてあり、指先でつまむとつるりと皮がむけます。これは、指でつまんだ瞬間を切り取った一句。左手でつまんだのを作者は見逃しませんでした。
今生のいまが倖せ衣被 鈴木真砂女
衣被の一番有名な句がこれ。恋に生きた真砂女の生涯を知るほどに味わいの増す一句です。こんな風に人生とからめて詠まれることの多い衣被。素朴な味わいで、酒の肴としても重宝されるからでしょう。酒の席では、人生の喜怒哀楽が凝集されるもの。まさに衣被の本領発揮です。しかし、この句では右利き、左利きといった、思いもよらぬ視点が提示されます。そこがこの句の新しさ。私にはなぜか、微かな恋の気分さえ感じられます。「君は」と呼びかけられた男は多分年下。古いですが「私の彼は左利き」という歌を思い出したりもしました。麻丘めぐみの1973年のヒットソングですが、ご存じですか。曲中の「左きき」の歌詞に合わせて、顔の高さに上げて左の掌と甲を交差させる振り付けが、印象的でした。そんなことを思い出したのも、この句に出会ったから。時代の気分が宿った俳句というのも確かにあるようです。池田さんに話したら、「あら私そんな歌知らないわ」とおっしゃいそうですが。
プロフィール
蜂谷一人
1954年岡山市生まれ。俳人、画人、TVプロデューサー。「いつき組」「街」「玉藻」所属。第三十一回俳壇賞受賞。句集に「プラネタリウムの夜」「青でなくブルー」
公式サイト:http://miruhaiku.com/top.html