NHK俳句で俳優の田中要次さんが、こんな句を詠んだことがあります。
うすらひの消えゆく様を見届けり 要次
いかがでしょう。春のいち日。氷の溶けてゆくさまを見つめる心のゆとりを感じる句ですよね。ですが、大きな誤りがあるのです。「見届けり」の箇所。ナ行変格活用の項目でも書きましたが、完了を表す助動詞「り」は、四段活用の命令形につくか「せり」の形にしかなりません。「見届ける」は下二段活用ですから、「り」が接続しないのです。え、下二段活用がわからない?
見届けず(未然) 見届けて(連用) 見届く(終止) 見届くる(連体) 見届くれば(已然) 見届けよ(命令)
「見届」のあとが け け く くる くれ けよ と変化していますよね。くの段とけの段の二つで活用しているので下二段活用と呼ばれます。間違えやすいのは、よく似た切字の「けり」があるから。では切字の「けり」と、完了の助動詞「り」の違い、わかりますか。要次さんの句で、もしも「けり」を用いるとすれば
うすらひの消えゆく様を見届けけり となります。字余りですが。
切字の「けり」は連用形に接続。「見届く」の連用形は見届け。連用形+けり で「見届けけり」。うーん、それでもよくわからない、というあなた。完了の「り」を用いないで似た意味を表す便利な言葉があります。それは完了の助動詞「ぬ」。連用形に接続しますから
うすらひの消えゆく様を見届けぬ となります。いかがですか?「り」の用法で迷ったら「ぬ」で代用。これ、結構役立ちますよ。
プロフィール
蜂谷一人
1954年岡山市生まれ。俳人、画人、TVプロデューサー。「いつき組」「街」「玉藻」所属。第三十一回俳壇賞受賞。句集に「プラネタリウムの夜」「青でなくブルー」
公式サイト:http://miruhaiku.com/top.html
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