バス停の手話夏雲へはばたきし
俳句を始めたばかりの方がやりがちなのが、動詞に「し」をつけるやりかた。書きし、捨てし、越えし、など何となく文語っぽくなります。ただし、意味が少々変わってしまうので注意が必要。「し」は過去の助動詞「き」の連体形ですから過去を意味します。さらに連体形ですから、本来ならば名詞が続くはず。その名詞がない場合は、省略されていると考えなければなりません。例えば はばたきし(こと)、書きし(もの)という風に。後に余韻を残すかたちです。もしもあなたの表現したいことがそれと違っていたら推敲が必要です。
掲句の場合、過去形を避けようとすれば
バス停の手話夏雲へはばたきぬ
バス停の手話夏雲へはばたくよ
バス停の手話夏雲へはばたきて
などと文末を変える方法があります。「ぬ」ならば完了。「よ」ならば口語的なニュアンス。「て」ならば言いさしてやめる形。ただし「て止め」は切れが弱くなってしまうので、嫌う先生もいらっしゃいます。
ちなみに終止形の「き」はこんな風に使われます。
ツァラトゥストラかく語りき(ニーチェの著作)
わが谷は緑なりき(1941年のアメリカ映画)
プロフィール
蜂谷一人
1954年岡山市生まれ。俳人、画人、TVプロデューサー。「いつき組」「街」「玉藻」所属。第三十一回俳壇賞受賞。句集に「プラネタリウムの夜」「青でなくブルー」