三月十一日米は研いできた 池田澄子「此処(2020)朔出版」
東日本大震災。あの前と後で、私たちの三月に寄せる思いは大きく変わってしまいました。津波、火災、原発事故、離村。無邪気に春を楽しみ、ことほぐ感覚はもう戻りません。私にとって、それ以前は何も起こらないことが当たり前でした。テレビの地震速報をみても「どうせ、それほどの津波は来ないだろう」と、たかをくくっていました。何の根拠もなく、無事を信じていました。それがどうでしょう。その後では、静かな海を見てさえ災害の予兆めいて感じられます。
掲句には3.11後の緊迫した心情が表れています。取り合えず、ご飯さえあればなんとかなる。生きて行ける。豊芦原の瑞穂の国の住人である私たちが、二千年もの間培ってきた米への信仰。危急のときこそ、その本能が目覚めます。作者はそのことに気づいていたのでしょう。
そして今年。二月十三日にまたも福島沖地震。マグニチュード7.3、最大震度6強。大震災からほぼ十年です。掲句の突きつけた現実はまだ過去のものとなっていなかったのです。
プロフィール
蜂谷一人
1954年岡山市生まれ。俳人、画人、TVプロデューサー。「いつき組」「街」「玉藻」所属。第三十一回俳壇賞受賞。句集に「プラネタリウムの夜」「青でなくブルー」