おそらく殆ど俳句で詠まれたことのない題材。ドラマの撮影風景です。
エキストラのぎこちなき歩や新樹光 金子敦
新樹光は若葉の瑞々しい光。初夏の若葉の中で通行人の撮影中のようです。でもNGが出てなかなかうまく行かないのでしょう。私はテレビのプロデューサーとして何度もロケに行きましたが、出演者に「普通に歩いてください」というと歩けなくなることに気づきました。意識すればするほどロボットのようになり、右手と右足が一緒に出たりします。体の動きは無意識に制御されていて、左手と右手を同時に出そう、などと考えながら歩いている訳ではありません。そこに指示が入ると、自分の体でありながら自分のものでないような違和感が立ち現れます。つまり「毎日の生活の中で我々はフツーを意識することがない」ということ。
ドラマで普通に歩いているように見える人がいるとすれば、そう見えるように演技しているから。誰でも最初からフツーに歩けるわけではありません。作者の目はそんな細かいところまで見逃しません。しかしぎこちない演技を非難するどころか、初々しく好ましいものと捉えているようです。新樹光という季語が気持ちの良い午後のひとときを保障してくれます。もしかしたらドラマのプロデューサーは、頭を抱えているかもしれませんが。
プロフィール
蜂谷一人
1954年岡山市生まれ。俳人、画人、TVプロデューサー。「いつき組」「街」「玉藻」所属。第三十一回俳壇賞受賞。句集に「プラネタリウムの夜」「青でなくブルー」
公式サイト:http://miruhaiku.com/top.html
ワンランク上の俳句百科 新ハイクロペディア