これには4つの動詞が含まれています。「あり」「をり」「侍り(はべり)」「いまそがり」。侍りはお仕えする、いまそがりはいらっしゃる、という意味。古文には登場しますが、俳句ではまず使われません。ですから「あり」と「をり」だけをチェックしておけば十分。ありを例にとれば あらず(未然) ありて(連用) あり(終止) あること(連体) あれども(已然) あれ(命令)と活用します。変化しない語幹「あ」の後は ら り り る れ れ。これがラ行変格活用です。名句に使われた実例を見てみましょう。
心いま萍を見てゐるにあらず 清崎敏郎
作者二十代の一句。萍は浮草。くさかんむりの下にサンズイと平。穏やかな水の上に草が浮かんだ状態が思い浮かびます。作者は水面を見つめているのでしょう。しかし、心はそこにはない。何か遙かなものへ思いを巡らせているのです。青春の日の一シーン。誰にもそんな体験があるのではないでしょうか。未然形の「あらず」が登場しました。この一語が読者の想像を掻き立てます。「浮草を見ているのではない」では、何を?と心を動かされるのです。
春燈にひとりの奈落ありて座す 野澤節子
明るく艶やかな春燈の中に、ただ一人孤独を感じているのでしょう。地獄やどん底を示す奈落という言葉が、句に重苦しさを与えています。奈落ありて、の「ありて」がラ行変格活用。「て」に接続していますから連用形です。
プロフィール
蜂谷一人
1954年岡山市生まれ。俳人、画人、TVプロデューサー。「いつき組」「街」「玉藻」所属。第三十一回俳壇賞受賞。句集に「プラネタリウムの夜」「青でなくブルー」
公式サイト:http://miruhaiku.com/top.html
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