なぞ 謎【ワンランク上の俳句百科 新ハイクロペディア/蜂谷一人】




多くの場合、俳句に謎は必要ありません。具体的に述べるのが俳句。一読して意味がわからない句は、なかなか評価されません。とはいえ、謎に満ちた名句が存在することも事実。次の作品を見てください。

天の川わたるお多福豆一列  加藤楸邨

まさに謎句です。天の川を渡お多福豆。童話のようにも読めますが、作者の意図は何だったのでしょうか。人間探求派といわれる楸邨の作品の中でもひときわ異彩をはなつ作品。発表以来、多くの解釈を生んできました。例えばお多福豆を宇宙の構成要素とみなす読み方。ご存じのようにお多福豆といえば、そら豆の大粒の一品種、またはそれを煮込んだもののこと。皮のまま鉄鍋で甘く煮込み黒く仕上げます。ですからこの句は、天の川を一列に横切る黒い部分のこという解釈が生まれます。

日本人初の宇宙飛行士 毛利護さんに番組に出演していただいた際、この句が話題になりました。毛利さんの解釈は暗黒星雲。銀河に目を凝らすと星のない箇所が点々と見つかります。これはガスや塵が広大に広がる部分で、背後にある星の光を隠してしまうため黒く見えるのです。ここは恒星や惑星が生まれる現場。銀河のなりたちを知る上で、貴重な知見を提供してくれる部分なのだとか。ちなみに宮沢賢治は、暗黒星雲に興味を持っていたようで「銀河鉄道の夜」に登場させています。

旅の終わりの部分。主人公のジョバンニと一緒に親友カムパネルラが旅を続けています。星のない部分を見つけ、真っ黒な石炭袋(コールサック)のようだと描写しています。やがてジョバンニは、この夜カムパネルラが川に溺れてあの世に行ったことを知らされます。カムパネルラの死後の世界が、暗黒の石炭袋として描かれているのです。

お多福豆から暗黒星雲へ。楸邨と賢治の意外な共通点を推理するのも楽しいこと。謎の句はあなたの想像力を刺激し、世界の見方を一変させるパワーを持つことがあります。

 

プロフィール
蜂谷一人
1954年岡山市生まれ。俳人、画人、TVプロデューサー。「いつき組」「街」「玉藻」所属。第三十一回俳壇賞受賞。句集に「プラネタリウムの夜」「青でなくブルー」

公式サイト:http://miruhaiku.com/top.html

 

 

 

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