八月はまことに真夏永久に真夏 宇多喜代子「森へ(2018)青磁社」
前書きにこうあります。「旧作に〈八月の赤子はいまも宙を蹴る〉」と。
宇多さんは太平洋戦争中、空襲で宙を蹴ったまま亡くなった赤ん坊を目撃されたそうです。終戦から七十年以上が過ぎても、その記憶は生々しく脳裏を離れることがありません。いえ、忘れてはいけない事だからこそ、八月の句を詠み続けているのでしょう。掲句、生命の力がみなぎるはずの真夏ですが、作者にとっては死者たちの季節。以前番組で、着物を仕立て直したモンペを見せていただきました。空襲で自宅が焼かれ、この一着のみが残ったそうです。燃えなかったのは、着て逃げたから。燃えさかる炎の中で、幼い作者の手を取った母が「母さんがついているから大丈夫」と声を掛けてくれたと言います。大丈夫なはずはないのに、その言葉で力を得たとおっしゃっていました。言葉にはそういう力があります。
最近の句集から選ぶ歳時記「キゴサーチ」(夏)
プロフィール
蜂谷一人
1954年岡山市生まれ。俳人、画人、TVプロデューサー。「いつき組」「街」「玉藻」所属。第三十一回俳壇賞受賞。句集に「プラネタリウムの夜」「青でなくブルー」
公式サイト:http://miruhaiku.com/top.html