少し前まで、ホームレスは俳句の題材とはみなされませんでした。見えているのに、見えていないふりをされるもの。雅な俳句の世界とは無縁であると考えられてきたのです。でも今は違います。
地下道にゐる人間ときりぎりす 茅根知子
季語はきりぎりす。イナゴに似ていて、チョンギースと鳴くアレです。秋の虫の仲間ではありますが、蟋蟀や鈴虫のような風情はありません。そいつが地下道にいると言うのです、しかも人間と一緒に。
ここでは昆虫が人間と同価値に描かれています。いや、そうではありません。人間が昆虫と同列に扱われている。作者は、名もない昆虫と同じように無視され、いないものとして扱われている人間の存在に目を留めました。地下道にいる人間といえばホームレスの方でしょう。彼、彼女たちは暗がりに身を潜めひっそりとあたりを伺っています。美しいとも言えない虫の声が、地下道に満ちています。長い夜をきりぎりすを相棒として生きてゆく人間たち。社会の現状に対する静かな怒りが湧き上がってきます。
プロフィール
蜂谷一人
1954年岡山市生まれ。俳人、画人、TVプロデューサー。「いつき組」「街」「玉藻」所属。第三十一回俳壇賞受賞。句集に「プラネタリウムの夜」「青でなくブルー」
公式サイト:http://miruhaiku.com/top.html