むぎのあき 麦の秋【ワンランク上の俳句百科 新ハイクロペディア/蜂谷一人】

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火が紙にくひ込んでゐる麦の秋   鴇田智哉

麦の秋は、麦が黄金色に熟して取りいれ時になる初夏のこと。掲句は、紙が燃え上がる瞬間。しかしなぜ麦の秋なのでしょうか。燃え尽きてやがて灰になってしまう紙と、黄金色の実りを刈られてしまう麦畑。最後の輝きという点で共通しています。私が思い出したのはゴッホ最晩年の作品「烏のいる麦畑」。収穫間近の麦畑を烏の群れが舞っています。不吉な死の象徴である鳥たち。1956年の映画「炎の人ゴッホ」のラストシーンでは、カーク・ダグラス演じるゴッホがこの作品を描きあげた後自殺を遂げます。史実ではありませんが、この絵がゴッホの絶筆であるというイメージを世界に広めることとなりました。麦刈りは聖書の中でしばしば死の象徴として記されます。死神は大鎌を持ち、収穫を刈り取る姿に描かれます。こうした複合的なイメージが、燃え上がる紙に凝縮されていると解釈するのは深読み過ぎるかもしれませんね。きっと黄金色の風景に、燃え上がる紙の炎の色彩を重ねればそれで充分なのでしょう。

蛇足ながら掲句は「食ひ込む」という措辞に工夫があります。食い込むとは他の領域に入り込んで侵すこと。この句では火が紙の領分に侵入していきます。そこにかすかな暴虐の匂いを感じ取ることもできるのです。

 

プロフィール
蜂谷一人
1954年岡山市生まれ。俳人、画人、TVプロデューサー。「いつき組」「街」「玉藻」所属。第三十一回俳壇賞受賞。句集に「プラネタリウムの夜」「青でなくブルー」

公式サイト:http://miruhaiku.com/top.html

 

 

 

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