こうすい 香水【ワンランク上の俳句百科 新ハイクロペディア/蜂谷一人】




エゴイストてふ香水の尾の過ぎて  益岡茱萸

初学の頃、俳句に商品名を入れてはいけないと教わりました。句が軽くなるというのです。でも掲句の場合。ここはエゴイストが絶妙な効果を上げています。直訳すれば利己主義者。でもマイナスのイメージではなく、若さゆえの驕りとでもいうのでしょうか。私には美しくちょっと危険な男性が目に浮かびます。

香水をつけた人と、街ですれ違う。気になって過ぎたあとを振り返る、そんな光景を想像しました。残り香を香水の尾と表現しているのが心憎い。まるで美しく敏捷な生き物のようです。

さてエゴイストってどんな香水なのか。気になって調べてみました。シャネルの男性用の香水だそうです。香水といえば女性がつけるもの。そんな先入観がまず崩れ落ちました。紹介ページには「ウッディ・スパイシー・アンバーというそれぞれ特徴的な香りを見事に調和させ、意志の強さと圧倒的な個性を持つ魅惑的な男性を表現。初めはマンダリン・コリアンダーのフレッシュな香り、続いてオリエンタル・ローズの華やかな香りに変わり、最後はバニラ・アンブレットシードの官能的な香りに」と記されています。正直言って半分も理解できませんが、どうやら大人っぽいセクシーな香りのようです。それも意志の強さと圧倒的な個性を持つ男性にしか似合わない香り。ふーむ。文学の世界では運命の女性をファム・ファタールと呼びますよね。カルメンやマノン・レスコー。男性の運命を変えて破滅させる女性。掲句のエゴイストはその男性版かも知れません。

 

プロフィール
蜂谷一人
1954年岡山市生まれ。俳人、画人、TVプロデューサー。「いつき組」「街」「玉藻」所属。第三十一回俳壇賞受賞。句集に「プラネタリウムの夜」「青でなくブルー」

公式サイト:http://miruhaiku.com/top.html

 

 

 

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