ふくろうに聞け快楽のことならば 夏井いつき「梟(2020復刊)朝日出版社」
梟は留鳥。一年中いる鳥ですが冬の季語になっています。歳時記には「冬の夜に梟の声を聞くと凄惨な感じがするので冬季になっている」と記されています。
ローマ神話では知恵の女神ミネルヴァの使いで叡智の象徴。また哲学者ヘーゲルの次の言葉でも知られます。「ミネルヴァの梟は夜飛ぶ」。一つの文明や時代が終焉を迎えるとき、ミネルヴァは梟を放ちます。その大きな目で世界のありようを観察させるためです。そして、なぜ文明が滅びたのかを報告させるというのです。
掲句の初出は2006年。昨年復刊された句集の巻頭を飾ります。快楽ってなんだろう。初出の時、仲間達と議論したのを懐かしく思い出しました。恋、酒、会食、旅行。それに放歌高吟も。今から思えば、呑気な時代でした。コロナ渦を経験した現在、私たちに快楽と呼べるものはあまり残されていません。酒や会食だけではありません。仕事、授業、集会。面会も出来なくなりました。人は今、快楽を捨てることで生き残ろうとしています。それが私たちの時代、私たちの文明のありようなのです。
初出と復刊で、読みが変わった掲句。時代を予言しているようにも見えます。さて掲句のふくろうは女神に、コロナ渦の世界の有様をどのように告げるのでしょうか。
プロフィール
蜂谷一人
1954年岡山市生まれ。俳人、画人、TVプロデューサー。「いつき組」「街」「玉藻」所属。第三十一回俳壇賞受賞。句集に「プラネタリウムの夜」「青でなくブルー」
公式サイト:http://miruhaiku.com/top.html
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