歌人の松村正直さんは、短歌は伝票のようなものとおっしゃっています。どう言うことでしょうか。
宅配便の伝票は、言葉を使って書かれています。しかし大事なのは伝票ではなく、伝票とともに運ばれてくる荷物。短歌も言葉を使っていますが、大事なのは短歌が運んでくる何か。言葉でありながら、短い言葉では表現できないものを伝える。この矛盾に満ちた機能こそ短歌という詩型の魅力だというのです。
なるほど、優れた短歌は読む人にある感情を呼び起こします。次の短歌を見てください。
観覧車回れよ回れ想ひ出は君には一日我には一生(ひとよ) 栗木京子
青春性に溢れた歌です。読む人の固有の記憶を呼び起こすことによって、読者それぞれに異なる感情をもたらします。読者の数だけ、湧き上がる想いがあるはずです。もしその思いを全て言葉にしようとしたら、原稿用紙数百枚が必要でしょう。すぐれた恋愛小説の長さです。
このように短い言葉では表現できない何かを短歌は伝えてくれます。それが短歌という伝票が運んでくる荷物。多分俳句も同じなのでしょう。短詩型文学の言葉は伝票ほどに小さい。しかし運ばれてくる荷物はとても大きいのです。
プロフィール
蜂谷一人
1954年岡山市生まれ。俳人、画人、TVプロデューサー。「いつき組」「街」「玉藻」所属。第三十一回俳壇賞受賞。句集に「プラネタリウムの夜」「青でなくブルー」
公式サイト:http://miruhaiku.com/top.html