映画は光の芸術ですが、同時に音響の芸術でもあります。試みに、自宅でビデオを見る際、音を消してみてください。見事に緊張感が薄れます。映画館では、広がりのある音が聞こえるドルビー・サラウンドや、画面そのものから音が出るTHXなどさまざまな音響効果を駆使して観客を飽きさせません。さて、俳句の中にも強く音を意識するものがあります。俳句における音響効果を考えて見ましょう。
冷蔵庫の音か夜明けの来る音か 星野高士
作者は、冷蔵庫のそばで夜明けを迎えています。大抵の家では冷蔵庫は台所に置かれていて寝室とは離れています。となれば自宅ではなくてホテル。旅先の光景ではないでしょうか。枕が変わると眠れなくなることがあります。輾転反側していると、僅かな音が気になります。普段は気にならない冷蔵庫のブーンという音が、こんな時には耳について仕方ありません。明日は早いのだから眠らなければ。そう思えば思うほど、目が冴えてしまいます。気がつけば窓の外が少し明るくなってきたようです。この音は冷蔵庫の音とばかり思っていたけれど夜明けの来る音だったのかも知れない。そう思ったら何故か気持ちが落ち着いて、眠れそうな気がしてきました。
マイクにはいろいろな種類があって、ダミーヘッドと呼ばれるものがあります。人間の頭部を模したかたちになっていて、両耳の位置で収音します。これをヘッドフォンで再生すると、録音時と同じ立体感が得られます。まるで頭の中で音が鳴っているような感じです。掲句の冷蔵庫の音はまさにこれ。小さな音ですが、どんなに振り払おうとしても消えません。むしろ、ますます耳について眠れなくなります。掲句からは、くっきりと音の粒が際立っている秀でた音響設計を読み取ることが出来ます。
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