少年や六十年後の春の如し 耕衣
この句は目の前の景を詠んだものではありません。60年は干支が一巡する時間。還暦といわれるように、時間が振り出しに戻ります。赤いちゃんちゃんこを着て祝う習慣があるように、老人が赤ん坊に戻る時間です。この句の鑑賞は難しいのですが、私は生命の循環を讃える作品と読みました。作者は禅の精神を俳句に活かした独自の作風で知られる人。難解と言われることもありますが東洋的な深い思索に満ちています。余談ですが神戸に住んでいた耕衣が、阪神淡路大震災の際に詠んだ句がこちら。
白梅や天没地没虚空没 耕衣
この句は意外にも漫画家・故 石ノ森正太郎と関わりがあります。仮面ライダーなどの大ヒットで人気漫画家の名をほしいままにした石ノ森。彼の作品には繰り返しアイデンティティの喪失が描かれています。人間でも機械でもないキカイダー。自分に付与された恐ろしい力に悩む仮面ライダー。そしてサイボーグ009は、自分たちを作り出した科学の欺瞞と向き合い、戦うことを余儀なくされます。深い思索をへて石ノ森の漫画は晩年 難解さを深めていきます。「サイボーグ009」の天使編のある章は、セリフがなく世界の聖地が精密に描かれているのみ。石ノ森の黙示録と称される作品です。この句は天使編執筆当時の創作ノートに記されていたもの。科学技術の限界を見据えた石ノ森が、なぜこの句をメモしたのかは明らかになっていません。
プロフィール
蜂谷一人
1954年岡山市生まれ。俳人、画人、TVプロデューサー。「いつき組」「街」「玉藻」所属。第三十一回俳壇賞受賞。句集に「プラネタリウムの夜」「青でなくブルー」
公式サイト:http://miruhaiku.com/top.html