露人ワシコフ叫びて石榴打ち落とす
三鬼は日本歯科医学専門学校卒業後1925年にシンガポールに渡り、歯科医院を開業。1928年に不況による抗日運動の高まりと自身の病のため帰国しました。異国での生活の後、30代で俳句の道に入った異色の経歴の持ち主です。俳壇の秩序の外にあったためか特定の師を持たず、自由な発想で句を作りました。基地、地下街、空港、異人といった従来の俳句で取り上げなかった素材を積極的に詠んでいます。
掲句も異人を詠んだ作品。何故叫んでいるのか、一切の説明がないことが返って不穏な雰囲気を高めています。打ち落とされた石榴はどうなったのでしょう。ぱっくりと割れた石榴は人間の肉を思わせ、飛び散った果汁は血液を思わせます。俳壇一の伊達男として知られ、関係のあった女性はわかっているだけでも35人。乗馬やゴルフをたしなみ、女装の写真まで残している三鬼。今で言うと、もてもての「ちょいワルおやじ」というところでしょうか。三鬼の代表作でありながら、今なお論議の絶えない一句です。
2009年のことになりますが、BSで「日本ナンダコリャこれくしょん 今度は俳句だ!(通称 ナンダコリャ俳句)」という番組を制作したことがあります。古今の不思議でインパクトのある俳句を集め、出演者の方々に人気投票してもらうというもの。主宰 金子兜太、司会 いとうせいこう、出演 冨士真奈美、吉行和子、高橋源一郎、假屋崎省吾、大宮エリー、なぎら健壱、箭内道彦、明川哲也、南海キャンディーズという豪華な布陣でした。カンカン諤諤の議論の末、はえある一位に選ばれたのがこの句と渡辺白泉の「戦争が廊下の奥に立つてゐた」の二句。決してわかりやすくはないのに人気を集めたのは、三鬼、白泉の底力のおかげなのでしょう。
ちなみに、このとき南海キャンディーズのしずちゃんが推したのは次の句でした。
夏みかん酢つぱし今さら純潔など 鈴木しづ子
女性が性を詠うことがタブーだった時代。ダンスホールで働き、黒人米兵とつきあうなど奔放に生き、大胆に性を詠んだしづ子。句集発表後、「ごきげんよう、さようなら」という言葉を残して忽然と姿を消してしまいます。今なお生死不明という伝説の俳人 しづ子の代表作。あなたならどう鑑賞しますか。
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