- 庭すこし踏みて元日暮れにけり
- 町灯りてはや売りにきぬ宝舟
- 楢林春日あるかぎり踏まんかな
- 楫取のつぶらなる眼や雪解風
- 長崎の燈に暮れにけり春の海
- 一桶の春水流す魚の棚
- 土雛は昔流人や作りけん
- 柴漬を揚ぐる人あり花の雨
- 花冷えに欅はけぶる月夜かな
- 菜の花が岬をなすや琵琶の湖
- 柏餅古葉を出づる白さかな
- 咲きつきて灯に片よりぬ水中花
- 水中花萍よりもあはれなり
- 蚊帳越しや合歓は軒端にさめてあり
- いささかの草市たちし灯かな
- 雁しきりに来るや江楼書画の会
- 鉈豆の蔓の高きに蜻蛉かな
- 団栗の己が落葉に埋れけり
- 松に菊蕎麦屋の庭の時雨かな
- 煤掃いてなほ残る菊をいとほしむ
- ぬかるみに踏まれし歯朶や年の市
- 歌舞伎座の絨毯踏みつ年忘
- 乾鮭は仏彫る木の荒削り
- 打ち返しある山畑の落葉かな
- 折り取つて日向に赤し寒椿
- 枯柳雀とまりて色もなし
- 法堂や二月厳しき松の幹
- 春寒く咳入る人形遣かな
- 雪解風牧場の国旗吹かれけり
- 曙は王朝の世の蛙かな
- 椿落つる時音やある人知らず
- 手をうたばくづれん花や夜の門
- 花過ぎてゆふべ人恋ふ新茶かな
- 三日月にたたむ日除のほてりかな
- 親と行くたそがれ貌の鹿の子かな
- 塔のなかに秘密なかりし若葉かな
- 伽藍閉ぢて夜気になりゆく若葉かな
- 卯の花や戸さされぬまの夜気に寝ん
- 日輪を送りて月の牡丹かな
- 牡丹二本浸して満つる桶の水
- 樹に倚れば落葉せんばかり夜寒かな
- 仲見世を出て行く手なし秋の暮
- 山国の夜霧に劇場出て眠し
- 家づとに蕎麦粉忘れじ秋の雨
- 秋風に机の上の小人形
- 家移らばいつ来る町や柳散る
- 葉を出でて雪一塊の芙蓉かな
- 大崩れの崖裾ひろしむら紅葉
- 木枯やすかと芭蕉は切りすてん
- 陶窯を取り出す皿や雪晴るる
- 影落して木精あそべる冬日かな
- 牡丹見せて障子しめたる火桶かな
- 燈の下に今日の身は無き布団かな
- 水鳥の声に行かばや櫟原
- 雨までは淡くも日あれ枇杷の花
- 寒菊やつながれあるく鴨一つ
- 今日もなほ咲かぬしづかや冬牡丹
- 町ほのぼの鶏逃げあるく出初かな
- 雑煮待つま八ツ手に打ちし水凍る
- 眠れねば香きく風の二月かな
- ぬかるみに夜風ひろごる朧かな
- 冷やかに牡丹蕾み居る遅日かな
- 大空にすがりたし木の芽さかんなる
- 芽吹きつつ枯木のままの月夜かな
- 霜除は納豆の苞や牡丹の芽
- 山吹や暮れかねつうごく水馬
- 葉蘭活けて春行くままのお木像
- 春を惜む灯に幽かなる河鹿かな
- 人少なにあれど薫風釈迦如来
- 卯月住むや楓の花と妹ぎり
- 落葉松の緑こぼれん袷かな
- 葭切のさからひ啼ける驟雨かな
- 花桐やなほ古りまされ妙義町
- 灯を愛づる夜冷に柿の落花かな
- 散る薔薇に下り立ちて蜂吹かれけり
- 向日葵もなべて影もつ月夜かな
- 白うさいてきのふけふなき蓮かな
- 北斗露の如し咲きすむ月見草
- 散る葉見つつものぬくみなし天の川
- 十六夜の寒さや雲もなつかしき
- 雲に明けて月夜あとなし秋の風
- 啼きやめばぱたぱた死ぬや秋の蝉
- 障子いれて日影落ちつきぬ雁来紅
- きのふ古し遺筆に活けてこぼれ萩
- 雨ふくむ菊玲瓏とすがれけり
- 住みつきて芭蕉玉巻く小春かな
- 萩刈つてからりと冴えぬ夕明り
- 凍てし木々の響かんとして暮れにけり
- 除夜の畳拭くやいのちのしみばかり
- 大雪や風鈴鳴りつ暮れてゐし
- 竹払へば雪滝の如し門燈に
- 家毎に雪掻く灯影旅に似し
- 家々に灯るあはれや雪達磨
- 空澄みて拝むほかなき枯野かな
- 夕焼のうすれ山茶花も散りゆくか
- 山茶花のみだれやうすき天の川
- 雲しづかに枯萩の芽の尖りけり
- 何の木か梢そろへけり明の春
- >長閑さや暮れて枯草ふくらめる
- 桜餅人の寒さに匂ひいでし
- 夜を凍てて薄色褪せずさくら餅
- ひらり高う嫩葉食みしか乙鳥
- 三日月に誓ふて交すげんげかな
- 門掃かれてあるじ出でずよ夕桜
- 大藪の揺るる夜空や花の雨
- 山めぐりやめて雨聴く桜かな
- 春行くや樋の水走る窓の岩
- 顔も膝も蔦の羅漢や夏近き
- 短夜や引汐早き草の月
- 稲妻をさいて水ゆく土用かな
- しづかさや実がちに咲きし桐の花
- 歩くまもそこらほぐるる若葉かな
- 宇治に仰ぐ日月白き若葉かな
- 撞き終へし鐘に雨降る夏木かな
- 月見草はなればなれに夜明けたり
- 初秋や通夜の灯うるむ花氷
- 引く浪の音はかへらず秋の暮
- さざ波の絶えざる瀞や秋の暮
- どの道も秋の夜白し草の中
- 火種借りて杉垣づたひ星月夜
- 草木映りて澪の長さや星月夜
- 月の光友減り減りて澄み来たり
- ものの影みな涅槃なる月夜かな
- 風の音にくさる菌や秋の霜
- うしろから秋風来たり草の中
- こほろぎや入る月早き寄席戻り
- 藪の墓に緑けうりけり竹の春
- 誰れへ土産となく土瓶買ふ紅葉かな
- かろがろと帰る葬具の寒さかな
- 赤い実を喉に落す鳥寒う見ゆ
- 紫陽花を鳴らす鶲の時雨かな
- ポストから玩具出さうな夜の雪
- 寒空やみなあきらかに松ふぐり
- 百舌鳥啼くや焚火のあとの大凪に
- 夕映に何の水輪や冬紅葉
- 落葉踏むやしばし雀と夕焼けて
- 風の枝に鳥の眼光る落葉かな
- 白日は我が霊なりし落葉かな
- 避難者のうとうと仰ぐ秋の蝉
- 秋風や余震に灯る油皿
- 地震あとの土塊ぬらす夜露かな
- 行李に秘めし位牌取り出す月見かな
- 彼岸果つる月夜鴉ぞ明るけれ
- 十六夜や追炊やめて梨の味
- 両手伸べてみなみな今朝の案山子かな
- 日の出叫ぶ鳥や柿の葉びしよぬれて
- 鶲来て木の実はむペンのすすみやう
- 稲懸ける音ほそぼそと月夜かな
- 大空のしぐれ匂ふや百舌鳥の贄
- 山茶花の垣に挿し過ぐ落穂かな
- 寒風や菜に飛ぶ虫の散りぢりに
- 行年の山へ道あり枯茨
- 除夜の灯のどこも人住む野山かな
- 元日や入日に走る宇治の水
- 元日やお茶の実落ちし夕明り
- 鶲来て枯木うちはゆ雑煮かな
- 旅に住みて四方に友ある雑煮かな
- 茨の芽に日深き山の二月かな
- 元日やゆくへのしれぬ風の音
- 雑煮すんで垣根の霜を惜みけり
- 初夢もなく穿く足袋の裏白し
- 大風の夜を真白なる破魔矢かな
- 初鴉白玉椿活ける手の凍え
- 妹よ二人の朝の初鴉
- 茶を焙ず誰れも来ぬ春の夕ぐれに
- 投入に葱こそよけれ春寒き
- 白日の閑けさ覗く余寒かな
- お涅槃や大風鳴りつ素湯の味
- 茶を焙る我と夜明けし雛かな
- 空の蒼さ見つつ飯盛る目刺かな
- 出そびれて月夜に花の句作かな
- 雀よく干飯をたべて旱かな
- 蒸し暑き夜を露光る下葉かな
- 月明に老ゆるひまなし夏の露
- 朝戸出の腰にしづけき扇かな
- 屋根瓦ずれ落ちんとして午寐かな
- 縁にしなふ竹はねかへし冷奴
- 妹瓜を揉むま独りの月夜かな
- いよよ秋の油足さうよ走馬燈
- 魂祭るものかや刻む音さやか
- 妻も来よ一つ涼みの露の音
- 御仏に供へたき鮎や月夕
- 筍の光放つてむかれたり
- 新月に刈萱活けて茶漬かな
- 若竹の高さすぐれたり秋の空
- 妹見よや銀河と云ふも露の水
- どれもどれも寂しうひかる小蕪かな
- 鉢の梅嗅いで息づく寒夜かな
- 霊膳の湯気の細さや夜の雪
- 雪の音の幽けさに独り茶漬かな
- 選句しつつ火種なくしぬ寒雀
- 枯草にまじる蓬の初日かな
- さざ波は立春の譜をひろげたり
- 空も星もさみどり月夜春めきぬ
- 浮葉みえてさざ波ひろき彼岸かな
- 潅仏の横向いてゐる夕日かな
- 海苔舟や鷺みな歩く潮の中
- 桃咲くやあけぼのめきし夕映に
- てのひらに落花とまらぬ月夜かな
- 日と空といづれか溶くる八重桜
- かたまつて薄き光の菫かな
- 水中の日に縄を張る田植かな
- 釣竿の竹大束や鰹船
- 墓原の鴉きこゆや氷店
- 下りまじき光や高う行く 蛍
- 白鷺の牡丹かすめて飛びあへり
- 花桐やながれあふ鷺脚黒き
- 新緑や皇居名残の霊柩車
- ぼうたんや七宝焼の壺に紅たるる
- 離れ咲く牡丹は淡し椎落葉
- 初秋の花つけてゐる柘榴かな
- 蒼空や桑くぐりゆく秋の暮
- 秋風や墓の下なる滝の音
- 秋雨や藻刈すみたる水の上
- あさがほの花照りそめつ後の月
- 秋晴れや白日雪をこぼすかに
- 草穂つかんで立つ蟷螂や佐久平
- 菊人形たましひのなき匂かな
- 大星雲すがるる菊にうちけぶり
- 白雲は乱礁の浪や雁来紅
- 友の肺に月夜沁むかも草の花
- 光こめて深くも裂けし柘榴かな
- 歯にあてて雪の香ふかき林檎かな
- むらさきは霜がながれし通草かな
- 行けど行けど川浪高し蘆の花
- 秋雨や漆黒の斑が動く虎
- 獣見し匂さめたり雨の萩
- 年の夜やもの枯れやまぬ風の音
- 冬の夜やおとろへうごく天の川
- 月輪に万霊こもる霜夜かな
- うすうすとけぶる梢や冬の月
- 頬白来しが跡もとどめず雪の暮
- 薄雪の消ゆるま照らす月夜かな
- スタンドの燈は何さそふ雪夜なる
- 霜除や月を率き行くオリオン座
- 蒼白きものふるへ来る月の霜
- みぞるるや戸ざすに白き夜の芝
- ふるるものを切る隈笹や冬の山
- 日光はうつろ充たして枯野かな
- 貌すこしうごかしてやみぬ冬の蠅
- 一つ行きてつづく声なしかいつぶり
- 山茶花の散るさへ黒き眼鏡越し
- 鶯の眦さむし花八つ手
- 八つ手咲いて金の三日月よく光る
- 山雀が尾を打つ音の枯木かな
- 連翹は雪に明るき彼岸かな
- 降りしきる雪をとどめず辛夷かな
- 富士の雪解けぬまげんげさかりなる
- 雪の富士に藍いくすぢや橡咲いて
- 山葵田の水音しげき四月かな
- 天城越え褪せつつ菫つづきけり
- 雉子啼くや卯つ木枯萱雲も見つ
- 天城嶺の雨気に巻きあふ蕨かな
- 高嶺つつむ雲の中こそ若葉なれ
- 渓若葉水裂く声は鶺鴒ぞ
- 蝦夷近き雨雲渡る早苗かな
- 渓流の音に雨添ふ田植かな
- 橡咲くや霧わたる音の原始林
- マツチ擦れば焔うるはし閑古鳥
- 密林や少し明らみ橡の花
- 水音の中に句を書く新樹かな
- 新緑やたましひぬれて魚あさる
- さみだれや襦袢をしぼる岩魚捕り
- 昼餉すやさくらは無くも楢の花
- 五月雨や蕗浸しある山の湖
- 十和田湖や幣の花かもななかまど
- 社参せぬ身に降りまされ五月雨
- 別るるや炭火なほ燃え閑古鳥
- 南海の藍うち晴れて野菊咲く
- 末枯や怒涛あびしか梧桐林
- 秋の暮花摘んで遍路足早な
- 紺の夜を朱の月いでぬ毘沙姑巌
- 月の餅搗くや鶏頭真ツ赤なる
- 西方に浄土の富士や秋の暮
- 月光にぶつかつて行く山路かな
- がちやがちやや月光掬ふ芝の上
- 雁行のととのひし天の寒さかな
- 門松のたちそめし町や雁渡る
- 雁行に雲荒れもなし年の暮
- 雁過ぎて水仙に水さしにけり
- 笹鳴を覗く子と待つ雑煮かな
- 獅子舞や寒気煽つて耳震ふ
- 輪飾の歯朶青うして選句かな
- ほんの少し家賃下りぬ蜆汁
- 汁粉できて竹の淡雪凍りけり
- 行春やうしろ向けても京人形
- 一斉に牡丹散りけり十三片
- 一つ籠になきがら照らす 蛍かな
- いねし子に電車ひびくや魂祭
- 送り火や蒸し暑き夜を去りたまふ
- 鶴すぎしさざ波雲や葡萄吸ふ
- さわやかな耳あぶる朝の火桶かな
- 水仙の束とくや花ふるへつつ
- 箸にかけて山葵匂はし雪の暮
- 湯豆腐や輪飾残る薄みどり
- 並び寝の子と手つないで雪夜かな
- 炭斗や病む児にひびく蓋の音
- 春寒く咳入る人形つかひかな
- 公魚のよるさゞなみか降る雪に
- 早春や老の血となるはうれん草
- 我れ去れば水も寂しや谷の梅
- 夜を凍てゝ薄色褪せず桜餅
- 月影なりし都踊をかへる影
- 花穂ひとつ一人静の名に白し
- 次の岩へ海苔掻移りぬ音幽か
- 蒸鰈子にむしる花過ぎにけり
- 花冷に欅はけぶる月夜かな
- 芝居町行き逢ふ人も袷かな
- 柿若葉雨後の濡富士雲間より
- 家まはり山風めきて松落葉
- 筍の光放ってむかれけり
- 壺に咲いて奉書の白さ泰山木
- 空は我を生みし蒼さや花卯つ木
- 夕焼は映らず白きゆきのした
- 月見草はなれ/" ̄\に夜明けたり
- 葛ざくら濡れ葉に氷残りけり
- 姉妹白玉つくるほどになりぬ
- 長者許山伏共の午寝かな
- 夏萩や六十一の涼しくて
- 八月のうぐひす幽し嶽の上
- ひあはひの風に棚経すみにけり
- うすめても花の匂の葛湯かな
- 冬山やどこまで登る郵便夫
- 遠方の年賀残りて今日も雪
- 絵双六都見ゆるに君遅し
- 織初もして午遅し草双紙
- すずろいで松笠拾ふ七日かな
渡辺水巴 プロフィール
渡辺 水巴(わたなべ すいは、1882年(明治15年)6月16日 - 1946年(昭和21年)8月13日)