あたたか「暖か(春)時候」【最近の句集から選ぶ歳時記「キゴサーチ」/蜂谷一人】

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あたたかや鹿せんべいの紙の封  津川絵理子「夜の水平線(2020)ふらんす堂」

鹿を詠んだ俳句は沢山あります。鹿せんべいを詠んだ句はまあまああるでしょう。鹿せんべいの紙の封を詠んだ句はかなり珍しい。目の前にあって、見えていないものの代表のようなものです。鹿せんべいを手にしたあなたは、せんべいを鹿に与えるためにいきなり封を破るのではないでしょうか。私も奈良には何回か行ったことがありますが、鹿せんべいの紙の封の色形は思い出せません。そこでネットで調べて見ました。鹿せんべいを数枚重ねたものに十字に紙がかかっています。茶色の鹿の絵とともに証紙200円と書かれています。ちなみに数年前に値上げされ、それまでは150円で鹿の絵は緑色でした。実は「鹿せんべい」の名称は一般財団法人「奈良の鹿愛護会」の登録商標。愛護会は証紙を販売するだけで、せんべいの製造販売は別業者だそうです。証紙は100%パルプ、大豆インクで出来ています。勢いあまって、鹿が紙の封まで食べてしまっても大豆インクだから大丈夫。この証紙の売り上げは年間3000万円にのぼり、負傷した鹿の保護や出産の補助活動に充てられているのだとか。いやあ、知りませんでした。

これだけの情報を知って掲句を読むと、なかなか味わい深いものがあります。暖かは時候の季語で、心地よく温暖な春の陽気のこと。しかし、気持ちまで暖かくなるような一句ではないでしょうか。紙の封という細かいところまでの描写がきいています。神は細部に宿る。

 

プロフィール
蜂谷一人
1954年岡山市生まれ。俳人、画人、TVプロデューサー。「いつき組」「街」「玉藻」所属。第三十一回俳壇賞受賞。句集に「プラネタリウムの夜」「青でなくブルー」

公式サイト:http://miruhaiku.com/top.html

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