おんいん 音韻【ワンランク上の俳句百科 新ハイクロペディア/蜂谷一人】

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俳句では、意味よりも調べが重視されることがあります。17音に意味を詰め込むよりも、ゆったりと音韻の豊かさを味わいたい。そんな作り方が許容される詩形なのです。次にご紹介する句は、その一例です。

あたたかなたぶららさなり雨のふる  小津夜景

不思議な句です。まず「たぶららさ」がわかりません。しかし「あたたかな」「たぶららさ」と続くと「た」の音「ら」の重なりが心地よく、本当にあたたかな気持ちになってくるのです。なんでしょう、この感覚。

作者はフランスに20年在住。結社に属せず、俳句の師もいないとのこと。そう聞いて少し納得しました。だから従前の俳句に似ていないのか。まず、俳句に対する先入観がない。しきたりに囚われず伸び伸びと句を作っている印象があります。

帰国された折に運よくお目にかかることができました。ご当人によると、大学時代イギリス哲学を学んでいて、その最初の授業で教えられたのが「タブラ・ラーサ」白紙の状態を意味するラテン語だったのだそうです。たぶららさたぶららさと口に出しているうちに、あたたかなという言葉が浮かんできた。なるほど。頭で考えた言葉ではなく、口中で転がした言葉。だから音韻と調べに無理がないのですね。音から句を作る例は色々ありますが、ラテン語のような聴き慣れない言葉を使うと失敗しがち。自在に扱うにはセンスが必要です。

その上五中七に「雨のふる」をつけたと、サラッとおっしゃっていました。この下五が絶妙。雨の景を入れて句に具体性が生まれました。そればかりでなく暖かな雨の光や匂い、音、湿り気といった肉体感覚まで備えるようになったのです。読み下すと暖かな雨の中で白紙の心を抱いた人の姿が見えてきます。これから白紙にどんな色をのせようか。水彩の淡い色彩が心の中に広がってゆきます。

 

プロフィール
蜂谷一人
1954年岡山市生まれ。俳人、画人、TVプロデューサー。「いつき組」「街」「玉藻」所属。第三十一回俳壇賞受賞。句集に「プラネタリウムの夜」「青でなくブルー」

公式サイト:http://miruhaiku.com/top.html

 

 

 

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